大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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大詰

口上〈壱〉

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   松波 兵馬ひょうまは、如何どうにも腑に落ちなかった。


   南町奉行所の筆頭与力として代々続く「松波家の嫡男」として生まれついた。

   その後は父母をはじめとする家人の庇護の下、何不自由なく育った。
   さらに元服したのち、見習い与力として御役目をこなす日々にも、何の不足はない。

   しかも、我が生涯にこのひとあり、というおなご・・・にも巡り会えた。

   さすれば、父を前に勇んで「一世一代の頼み」と、娶ることを願い出てはみたものの……

   返す刀で「町方役人」では到底覆せぬ「うわかた」の御意向により、おまえと妻合めあわす相手はすでに決まっておる、と父から突きつけられた。

   武家の嫡男にもかかわらず、今まで許嫁いいなずけの一人も定めていなかったのは、それゆえであったかと今さらながらに気づいた。

   所詮、生まれたときより周囲によって御膳立てされてきた人生であったのだ。

   今さら逆らって生きていくことなぞ、もってのほかだといやほど思い知らされた、一刹那いっせつなであった。

——我が伴侶にしとうごさる者こそが……決して我が意のままにはならぬのか……

   そして、兵馬は「御家」のために「御家」が選んだ妻女と祝言を挙げた。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   祝言を挙げるまで、妻になる女の顔を見たことはなかった。

   そもそも、南町の組屋敷でも母の生家である北町の組屋敷でもなく、何処どこぞの藩の下屋敷で生まれ育った娘が相手では、出向いて顔を拝む機会すらなかった。

   いな、やはり顔を見る気もしなかったと云うのが本意ほいである。

    なぜなら、祝言を執り行う間すぐ隣にいる我が「妻」を、兵馬はついぞながむることがなかったからだ。

   また、公方(将軍)様の御子の忌引につき、晴れがましき祝事いわいごとは憚れたゆえ、組屋敷の界隈の者たちに披露目をせずに秘密裏に済んだのも、兵馬にとっては僥倖であった。


    そして迎えた初夜——

   新床に現れた「妻」は、初めは殊勝な様子で兵馬の腕の中にあったが……

   あろうことか、夫である兵馬以外の男の名を呼んだ。

   いくら「夫」になる者が意に沿わぬ相手であったとは云え……

   互いに武家同士——れは「御家おいえ」同士の縁組に他ならない。

   祝言前の「妻」の身に、なにがあったかは毛頭知らぬ。
   だが、武家に生を受けた女として、得心して覚悟を決めたからこそ、当家に嫁入ってきたのではないのか。

   兵馬の頭にカッ、と血が上った。

   武士としての……いや、それだけではあるまい。

——武士である前に、一人の「男」としてもだ。

   兵馬の「面目」が——完全に潰れた。

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