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八段目
初夜の場〈壱〉
しおりを挟む奉公人の案内で、夫の寝間の前まで来た。
軽く三百坪はあろうかと云う広大な御屋敷だ。案内人がいなくてはたどり着けぬであろう。
奉公人がすっ、と下がる。
美鶴は明障子の前で正座した。
「……美鶴にてござりまする」
声が震えぬよう、腹に力を入れて申す。
「入れ」
くぐもった声が返ってきた。
きっと、広次郎とて気を張り詰めているのであろう。固い声であった。
美鶴は一度息を吸って、背筋を伸ばしてから、明障子をすーっと開けた。
「旦那さま……美鶴にてござりまする」
夫となった広次郎に平伏する。
本日、晴れて夫婦になった二人だが、武家の婚姻など所詮は御家と御家の結びつきでしかない。ゆえに、かような形式ばった物云いになる。
「御無礼仕りまする」
美鶴は部屋の中へ入った。
部屋の中は、まったく行燈に火が入れられておらず、外と変わらぬほど夜の闇に沈んでいた。
あいにく今宵は月が顔を見せぬ朔の日だ。かろうじて、人の気配が判るくらいだった。
目を慣らそうと美鶴が真っ暗闇を見渡していると、いきなり腕を取られてあらぬ方向へ引き寄せられた。
気がつけば、夫の腕の中に美鶴はいた。
「広次郎さま……」
夫の胸に抱かれた美鶴は、ぽつりとつぶやいた。
次の刹那——
美鶴の身体が、ごろりと反転させられた。倒されて床に沈んだ背を、やわらかな夜具が包み込む。
夫の身体が、美鶴の身にのしかかってきた。
「だ…旦那さま……」
美鶴は口を開くも、強引にくちびるを押しつけられて遮られる。
吉原の廓で育ったとは云え、幼き頃より見世の将来を担う者として期待され、その辺の商家の娘よりもずっと大事にされてきた。
ゆえに、殿方と口を吸い合うのは初めてだ。
口の中に相手の舌が入り込んできて、次第に増す激しさに、すっかり脚も腰も砕けてしまった美鶴は、夫にしがみつくことしかできなかった。
帯がするりと解かれ、崩される。白蛇のような帯がだらり、と畳の上に落ちた。
腰紐を引いて解かれる。皮を剥くように羽二重の寝間着を脱がされ、下に落ちた。
あとは、襦袢と腰巻だけになった。
心の臓が早鐘を打つ。二人の息が、この上もなく上がっていた。
美鶴のくちびるから首すじにかけて、夫のくちびるが這っていく。その間に、襦袢を支える腰紐も解かれて、はだけた胸元に大きな手が入ってくる。
襦袢が、完全に開かれた。島村の家ではろくに食べることができなかったゆえ、いつの間にか痩せぎすの身体になっていた。
されども、乳房だけは目方が落ちなかったのか、今でもたわわに実っている。
大きな手のひらにすっぽりと包まれて、やわやわと揉みしだかれる。突端が、だんだんと固くなっていく。
すると赤子のように、ぱくり、と口に含まれ、ちう、と吸われた。
「……あっ……ぅん……ぁあ……」
思わず、美鶴のくちびるから、せつなげな声が漏れる。まったく力が入らず、されるがままだった。
美鶴の身体から離れた夫が、荒々しくおのれの帯を解き、寝間着を脱ぎ捨てる。下帯を緩めたかと思うと、美鶴の腰巻を捲り上げる。
やわらかな手触りの薄い下生えが、はっきりと姿を見せた。真っ暗闇の閨の中で、其処はまるで夜露に濡れたかのように艶めいている。
もう、互いの荒い息しか、二人の間に言葉はなかった。
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