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七段目
来今の場〈壱〉
しおりを挟むあれから、幾星霜もの時を経た。
歳を重ねて、島村 勘解由と名を改めたその眼前には、今やすっかり一人前の娘に育った美鶴が花嫁御寮の出で立ちで鎮座している。
小柄で華奢な身体つきは元より、今は真っ白な綿帽子に隠れているその愛らしい面立ちもまた、あの頃の胡蝶と瓜二つであった。
実の親が、廓から我が娘を落籍かせる場合においては、ふつう身請金が相場より半値となる。
よって此度、美鶴を吉原の久喜萬字屋に厳重に口止めをして密かに身請けしたのは——勘解由であった。
吉原の番所に詰める御役目の隠密廻り同心に睨まれては商いにかかわるゆえ、久喜萬字屋は「虎の子」である「舞ひつる」を差し出さざるを得なかった。
しかしながら、だれにも知られぬうちに美鶴がいつの間にか武家としてかように暮らせるように相成ったのは……
安芸国広島新田藩の三代藩主・浅野 近江守の「権力」であった。
近江守は、胡蝶が「突き出し」の遊女として初めて見世に出されたときに初花を散らした御仁で、その後は「娼方」にして寵をかけていた。
——あの 「忘れ形見」に……胡蝶の二の舞をさせるわけにはいくまい。
胡蝶亡きあと新たな娼方となっていた羽衣の座敷で、「舞ひつる」の舞を初めて見たあの日、近江守はかように思った。
——確か、父は武家の男と申しておったな。
胡蝶自身も、父親は武家の男であった。
——かくなる上は、この娘を真名に戻して「武家の子女」として生まれ変わらせてやるか。
後日、近江守は身請けに掛かる金子を用意させるとともに、御公儀(江戸幕府)の御法度の網の目をかい潜って、方々に手を回していった。
その尽力があったからこそ、美鶴は養女として他家との縁組を幾重にも結ぶことができたのだ。
ゆえに、今では美鶴は広島新田藩の下屋敷にて生まれ育ったことになっている。
北町奉行所の士分も持たぬ隠密廻り同心ごとき勘解由たった一人の力では、到底でき得ることではなかった。
されども……
さようなことは、神妙な面持ちで高砂に居並ぶ花婿・花嫁にはまったく預かり知らぬことである。
そして……おそらくこの先も知らぬままであろう。
近江守と勘解由のほか知り得るのは、南北の御奉行と花婿の父親のみであった。
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