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七段目
往古の場〈参〉
しおりを挟む「……汝ら、なにをしておる」
いきなり飛んできた音声に、
「なんだ、おまえっ、おれたちに向かって……」
男たちの一人が声の主に向かって声を荒げたが、
「……うっ、島村様……」
その顔が目に入ったとたん、急に勢いを失う。
「な、なにゆえ、かような処に島村様が……」
ほかの者も、みるみるうちに血の気の失った顔に変わっていく。
男たちは、見習いとしてさまざまな御役目を順繰りに廻っている最中の「見習い同心」であった。
かねてより、上役の目の届かぬところでなにかと狼藉を働いていたのであるが、よりにもよってその上役である尚之介に見咎められたのだ。
尚之介の切れ長の鋭い目が、見習い同心たちを射抜く。
「汝らが多勢に無勢で、見境なく見世の者たちに狼藉を働いておるのは、すでに吉原の方々で噂になっておるゆえ」
そして、尚之介は見習い同心たちに命じた。
「おまえたちの沙汰は、追って目付役である某より出すがゆえ…… 即刻、御役目に戻れ」
武家に生まれたる者にとって、上役からの下知は「絶対」だ。
「「「「「御意」」」」」
さように声を揃えた男たちは、がっくりと肩を落としつつも、足早にこの場を去って行った。
「……お武家さま」
おなごが、おずおずと尚之介に声をかけた。
本来であらば、吉原の妓のような下賤な者から、武家の殿方に話しかけるのは御法度である。
だが、助けてもらった手前、おなごはせめて詫びだけでも云っておきたかった。
心を込め、嫋やかな所作で深々と頭を下げる。
「此度は、危なき処をお助けおくれなんして、まことに申し訳のうなんし」
「おまえは『なんし』って物云いをするってこことは……久喜萬字屋の者か」
尚之介が尋ねると、おなごは目を伏せながら肯いた。
「わっちは胡蝶(こてふ)と申しんす」
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
さようにして出逢った北町奉行所の隠密同心・島村 尚之介と、吉原の 大籬である久喜萬字屋の呼出・胡蝶が「理ない仲」になるのには、さほど刻はかからなかった。
尚之介はすでに妻帯の身であるし、御役目とあらば好きでもない女を抱くことなど何とも思わぬ。
一方、見世で一番の売れっ妓・胡蝶には、すでに錚々たる御大尽が客としてついていた。
つまり、未だ筆下ろしもしておらぬ初心な少年でもなく、嫁ぐまではその身を開かぬという真っ新な生娘でもないということだ。
されども……
武家の男と吉原の遊女の身分違いの戀は、御公儀の定めに背く……
——まさに「不義」である。
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