大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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六段目

遭逢の場〈肆〉

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   だが、さような事情であらば、祝言の時期を遅らせれば良いだけの話であるが——

「我らにとっても……またとない『好機』にてござる。客をぶことなく身内の者のみで祝言をおこなえるゆえ、この機に乗じて日取りを決めることとした」

   美鶴のなんとも腑に落ちぬ顔を看破したのか、勘解由は口の端をかすかに上げて云った。
   見ようによればほのかに笑みしているかのように見えなくもないが、そのあとのげんがあまりにも物騒であった。

「おまえが我が島村家にすにあたり、すでに幾重にも養女の縁組をしてござる」

   初めは足軽程度の家と養子縁組をし、徐々に家格を上げて養子縁組を繰り返していき、やがて最後に「同格」の御家との養子縁組にまで持っていく。
   武家ではない者を妻や子女にする際に用いられる「裏の手」で、「遠縁の子と縁組した」と云うのがその口上だ。

「今となっては……よもや『生家』に辿り着ける者はいるまい」

——このお方はやはり……わっちが「吉原くるわおんな」でありんしたことを知っていなんし。

——ゆえに……わっちを身請みうけしなんしたのも、このお方でありんしょう。


「……お嬢」
   脇で控えていたおさと・・・が、そっと美鶴にささやいた。

   はっ、と我に返る。

——あぁ、そうでありんした。

   美鶴が一つ肯くと、すかさずおさと・・・が抱えていた風呂敷包みを差し出す。

「島村さま……わたくしが縫うた浴衣ゆかたにてござりまする」

   美鶴は受け取った風呂敷包みを勘解由の方へ、すーっと差し向けた。

「湯上がりに召されるには、もうすっかり時季外れになってしもうたが、良ければ夜着の寝巻きにでもなさってくだされ」
   さように申したあと、平伏する。

   勘解由の目が、風呂敷包みを捉えた。されど、すぐにその視線は外され、縁側で控えていた中間ちゅうげんを見遣る。

   すると、中間がいそいそと座敷の中に入ってきてその風呂敷包みを抱えたかと思うと、うやうやしく一礼をしたあと、その場を去った。

   如何いかなる経緯いきさつでなのかは、この先に至っても美鶴ごときが知るよしはないのかも知れぬが……

   今から半年ほど前、世間では「苦界」と呼ばれるあの吉原からけ出して、この御家おいえに住まわせてくれたのが、今目の前にいるこのお方なのだ。

   もう少し先ならば単衣ひとえの着物でも縫えたが、どうせこの御家で広次郎と夫婦めおとになる身の上だ。さような機会は、この先いくらでもあろう。

   今は浴衣という形であれ、我が身の心持ちをあらわすことができて、美鶴にとっては満足であった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   島村 勘解由の座敷を辞した美鶴は、おさとを供にして自室の客間に向かっていた。

   縁側に沿って続く廊下の分岐で、客間のあるの方へ曲がろうとしたそのとき……

  向こうからやってくる人影があった。


——広次郎だった。

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