大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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六段目

遭逢の場〈弐〉

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   島村 勘解由は、おのれは北町奉行所の役人で、御公儀幕府より「隠密廻おんみつまわり同心」の御役目を担っていると告げ、仔細を話し始めた。

   その当時の江戸の町奉行所には、与力が南北各二十五騎、同心が南北各百人召し抱えられていた。
   いずれも、初めは一代限りの登用であったはずが、いつの間にか親から子へと世襲になっていた。子がおらぬ場合は養子を取って跡を継がせたが、勘解由こそが親戚筋である内与力・上條家から入った養子であった。

   自身もまた妻・多喜との間に子に恵まれず、生家を継いだ兄の二男・上條 広次郎ひろじろうを養子に取ることになっている。勘解由とは血の通った甥にあたり、縁組したのちは我が跡を継いで「同心」になる。

   同心の御役目には、与力が扱う文書の面倒なところを丸投げされる「年番方物書ものかき同心」のような机上のものから、町を巡って警戒する「定廻じょうまわり同心」のように体力勝負なもの、またその定廻りを古参が指導したり補佐したりする「臨時廻り同心」のような今までの経験を要するものまで、さまざまある。

   勘解由が任ぜられているのは、咎人とがにんの疑いのある連中のところへ、身分を明かさず変装やつして潜み、密かにあかしを集める「隠密廻り同心」であった。

   我が身一つで敵陣へ乗り込む御役目なのに、咎人を引っ捕らえる権限がないなど、かなりの身の危険を伴った。
   しかも、御役目を担うのは南北各百人いる同心の内の各二人ずつで、南北合わせてもたった四人しかいない。

   ゆえにかなり忙しく、一つの御役目を終えるまでしばらくは帰れぬのはもちろん、すぐさま次の御役目に取り掛からねばならなかった。


   勘解由の話を聞いていた美鶴は、ふと思い出した。

——確か……吉原の面番所に詰める役人も「隠密廻り同心」でありんしたかえ。

   大門のすぐそばにある番所交番ゆえ、大見世にいたとは云え一介の振袖新造にすぎぬ「舞ひつる」が、関わりを持つようなところではなかったが……

「さようでござりまするか。……島村さま、此度こたびは御無事のお帰り、何よりのことにて存じまする」

   美鶴は改めて深々と平伏した。

「面を上げよ。本日、おまえを呼び出したのは、当家やそれがしのことを申すためだけではない。おまえの今後についての話もせねばならぬ」

   むしろ、勘解由にとっては此処ここからが今宵の本懐だ。その切れ長の目が、ますます鋭くなる。
   美鶴は、すっ、と顔を上げた。

此度こたび、おまえに下されたことを申し渡す」

   勘解由の鋭い眼差しを、美鶴は真正面から見返した。

「正式におまえの祝言の日が決まった。相手は我が甥である——上條 広次郎にてござる」


——わっちが、広次郎さまと……

   祝言を挙げて夫婦めおとに……

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