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六段目
刀自の場〈肆〉
しおりを挟む美鶴がさように思った矢先——
「わたくしを真似て云うてみよ」
不意に、刀根は告げた。
いきなりのことに驚いた美鶴は頭を上げた。刀根の顔を、不躾なまでにまじまじと見る。
年齢相応の面立ちの厳しい老女だった。当然のことながら、取り立てて美しいというわけではない。
されども、一本筋の通った矜持のごときものが、その面差しにはあった。
残念なことに、島村の家の多喜には見られぬものであった。
——かような女が……武家の女子というものでありんしょう。
美鶴はしみじみと感じ入った。
その反面——今は亡き師匠を思い起こさせもした。初めて舞を習った、芸妓上がりの老女だ。
ほんの少しでも舞の振りを間違えようものなら、手どころか物差しまでも飛んできた、激しい気性のお師匠さんだった。
まったく異なる身分であるし、目の前の武家の女が激しい気性かどうかはともかく、とても手や物差しを使うようには見えない。
それでも、相対した者が思わず背筋をぴんと伸ばしてしまう佇まいなど、美鶴には何故か二人は似ているように思えた。
「島村の家から参った美鶴と申しまする」
早速、刀根が「口立て」する。
「し…島村の家から参った美鶴と申しまする」
美鶴はその口振りをなぞった。
「何卒、よろしくお願い奉りまする」
「な…何卒、よろしくお願い…奉りまする」
「続けて云うてみよ」
すかさず、次の「お題」が出る。
「……島村の家から参った…美鶴と申しまする。何卒…よろしくお願い…奉りまする」
ややもすれば、舌を噛んでしまいそうなたどたどしさではあるが、なんとか云えた。
「まずは、『物云い』からであろうな。そなた、明日から毎日、当家へ来られたし」
——ま、毎日で……なんしかえ。
「そなた、口はござらぬのか」
刀根から、じろりと睨まれる。
美鶴は、はっと我に返った。
「あ…ありがとうございまする。何卒、よろしくお願い…奉りまする」
ほんの少しだけ、たどたどしさが薄れていた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
翌る日より、美鶴は島村家の向かいにある千葉家に日参して、刀根から武家の女子としての物云いと共に、作法や心得も学ぶこととなった。
刀根の教えは、同じ組屋敷に住む歳若いおなごたちであらば音を上げる厳しさだと評判であった。
されども、幼き頃より吉原の廓で歌舞音曲のお師匠から性根を叩き込まれていた美鶴にとっては、恐るるに足るものではなかった。
そして日を追うにつれ、徐々にではあるが武家の言葉を話せるようになってきた。
さらに、島村の家に戻れば、今度はおさとが「縫い物の師匠」である。
そもそも、おさとは出は町家ではあるが、父親も母親も上條家に仕える者で、その伝手で島村の家に奉公するようになった。
縫い物は、子どもの頃から母親であるおきくによって、みっちりと仕込まれていたゆえ、特に得手としていた。
さようなおさとの腕前は、あの口うるさい多喜ですら一目置くほどで、島村の主人が身につけるものを一手に任されていた。
「……ここだけの話にしておくんなせぇよ」
すっかり気安う話せるようになったおさとが、見事な手つきで針を運びつつ声を潜めて云った。
「実は、御新造さんは縫い物が大の苦手で、旦那様の着物どころか浴衣一つまともに縫えたためしがねえんでさ」
——ええっ、まさか……
美鶴はびっくりして、思わず手が止まってしまった。
「そいだってんのに、お嬢にはあないなひどいことをしてたんでさ」
美鶴ですら、すでに浴衣くらいであらば一人で仕上げられるくらいにはなっていた。
「お嬢はまだまだ手は遅いけど、縫い目が丁寧だから仕上がりがきれえなんでさ。……あ、そうだ」
なにか、閃いたようだ。
「お嬢、もうそろそろ旦那様のために、浴衣でも縫っちまいましょうや」
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歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。
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ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。
そんな風に思いながら書いています。
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