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六段目
刀自の場〈壱〉
しおりを挟むおさとによって支度された美鶴の新しい部屋は、母屋の中でも卯の方角に近い処にあった。
昼下がりの今はそろそろ西日が陰ってきつつあるが、朝ならば朝日がさんさんと差し込むに違いない。
されども……
『部屋はほかにもありまする。さような客間をこの者に使わせるなど、とんでもない』
と、多喜は最後まで難色を示した。
しかしなから、上條 広次郎が改めて、
『そなたがしたことを、委細漏らさず叔父上に申し上げてもよいのか』
と問うと、ようやく多喜は黙り、そそくさと母屋へ戻って行った。
それから、広次郎はおさとに、
『これからは叔母上がなんと云おうと、しかと身の回りの世話をするように』
と命じた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「上條さま……申し訳ありませぬ」
本日初めて会ったにもかかわらず、此処までしてくれた広次郎に、美鶴はこれ以上ないほど頭を下げた。
「いや、美鶴殿、面を上げてくだされ。
某こそ、かたじけのうござる」
広次郎の顔が苦々しく歪んだ。
「叔母上には云うておらなんだが、実はそなたのことは叔父上より少し聞き及んでござったのだ。だが、あのような処に押し込まれていたとはな。……道理で顔を見られぬはずだ」
——なんと、この家の主人は、わっちのことを少しは気遣っておいでなんしたか。
「そなたをこの家に置くにあたって、叔母上はかなり厭がったと聞いてござる。叔父上の御役目が忙しい上に特異なものゆえ、なかなか帰ってこられず目が届きにくいため、そなたには気詰まりなことになってしまった」
——もしや、この御仁ならば、わっちがなぜこの家に置かれるようになったかをご存知かもしれぬなんし。
ずっと知りたくても多喜にはついぞ訊けなかった経緯を、美鶴は広次郎に尋ねてみようと思った。
だが、しかし——
ひとたび口を開くと「廓言葉」が飛び出しそうで怖い。
吉原とは縁のない武家のおなごなら「国許の故郷言葉」だと思うかもしれぬが、流石に武家でも男であらば、即座に察するであろう。
——それとも、上條さまはわっちが「吉原の妓」であったことまでご存知なんしか。
もし、知らぬのであらば、虻蜂取らずで藪の中に蛇を突くことになる。
さすれば、我が身の行く末はおろか、子どもの時分よりさんざん世話になった久喜萬字屋まで害を及ぼすことになろう。
結局のところ、美鶴は押し黙るしかなかった。
「ところで、そなたはずいぶんと口数が少のうござるな。……あ、そうであった」
突如、広次郎は思い出したようだ。
「そなた、国許の言葉が抜け切らぬそうでごさるな。もしや、気にしてござるのか」
どうやら、さようなこともこの家の主人から聞き及んでいたらしい。
美鶴は渡りに船とばかりに、ぶんぶんと肯いた。
すると、広次郎はしばらくなにやら思案したかと思うと、
「ではな、美鶴殿……某が万事手配するゆえ、この北町奉行所の組屋敷で暮らすにあたって欠かせぬ言葉やら作法やらを学んでみてはどうか」
と、告げてきた。
美鶴の目がパッと輝く。
これこそ——渡りに船であった。
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