大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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六段目

閾の場〈壱〉

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   来る日も来る日も、美鶴は雑巾を縫う手を止めることなく励み続けた。

   とりあえず一枚を縫い上げると、いつもせわしなげに立ち動いているおさと・・・を悪いと思いつつ呼び止め、見てもらう。
   もし良ければ次の一枚に取り掛かれるが、悪ければ糸を解いてまたやり直しだ。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   この日も朝から縫い物をしていると、家屋敷の塀の向こうから、棒手振ぼてふりと呼ばれる行商人の売り声が聞こえてきた。

   いつもは魚や野菜をひさぐ声であるのに、今日はめずらしくおさい(惣菜)である。

   美鶴は居ても立ってもいられず、奥の箪笥たんすにしまっておいた巾着を取り出した。そして、其処そこからいくらか銭を取り出し、たもとへ入れる。

   部屋から縁側に出ると、おそらくおさと・・・のものであろう。下駄があった。その下駄をつっかけ、急いで板塀へと向かう。

   ぐるりを見渡すと、裏口とおぼしきところに木戸があった。美鶴はその木戸を開けて、表に出る。

   あの日、真夜中に此処ここに連れてこられたとき以来、ひさかたぶりの「外」であった。


   公方くぼう(将軍)様や大名ならいざ知らず、江戸の者たちは武家であれ商家であれ「一汁一菜」がもとである。米の飯またはあわや芋などが混じった「かて飯」に、おみおつけの汁物、そしてお菜が一品つく。

   だが、奉公人を雇う屋敷ではお菜は出されず、米の飯とおみおつけと香物のみが供される。そのため、奉公人たちは各々おのおので辻まで出て、屋台や棒手振りから好きなお菜を買ってきて、屋敷で出されたものと共に食す。

   江戸はおのこの町である。男の数がおなごの五、六倍はいた。

   三代の公方くぼう様(徳川家光)による藩主(大名)たちへの一年ごとに領地と江戸を往復する御触おふれ(参勤交代)のために、諸国の藩から男たちが藩主に付き従ってやって来ざるを得なくなったためだ。

   ところが、「入り鉄砲と出女」の御触れによって、江戸へのおなごの出入りを厳しくしたものだから、ますます男ばかりになった。ゆえに、江戸の男たちには一生涯独り身である者が少なくない。
   すると、煮炊きのできぬそのような男たちに向けて、屋台や棒手振りたちがお菜を売るようになった。

   ちなみに、女房が「三行半みくだりはん」を亭主からもらわないと再嫁さいかできなかったのは、せっかく手に入れた女房を手放したくない「江戸の亭主」の執念が御公儀(江戸幕府)を動かしたからである。

   また、お菜が気楽に手に入れられるのは、独り身の男だけではなく、子だくさんでせわしない長屋の女房連中にも受けた。
   ひしめき合うように並んだ長屋で煮炊きをしなくてもよいということは、へっついも七輪も出番がなく火も出ぬから、火事がなにより怖い江戸の町にとっても好都合だった。


   屋敷で支度された美鶴の膳は、奉公人たちと同じものであった。
   つまり、お菜がなく、米の飯とおみおつけと香物のみだったのだ。

   吉原のくるわは一見華やかに見えるが、おんなたちに供するおまんま・・・は実にお粗末なものであった。それでもなにかしらのお菜はあったし、客が残した御馳走にありつける日も少なくなかった。

   美鶴にとって、かようにお菜のない日が続いたのは——生まれて初めてのことだった。

「ちょいと、棒手振りさんっ」 

   通り過ぎようとしていた棒手振りに、美鶴は呼びかけた。

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