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五段目
忍苦の場〈肆〉
しおりを挟む美鶴は、針箱から取り出した針と糸を手にした。思いの外、針の穴が小さくて難儀しながらも、なんとか糸を通す。
——確か、糸の尻を結んでいなんしたか。
吉原にいた頃、お針子が妓たちの着物を縫うさまを、何気なく見ていた。思い出しながら、糸の先を一つ結んでみる。
されども、結べた、と思って見てみると、お針子がこともなげに拵えていた丸い玉が、なぜかできていない。
それから何度もやってみるが、悉く空を切っていた。
しばらくして、ようやく「玉」をつくることができた。たったこれしきのことで、すでに骨が折れた。
——唐土(中国)の古人がものした書物を読む方が、よっぽど容易うなんし。
だが、肝心なのはこれからだ。
美鶴はため息を吐くも、なんとか気を取り直し、半分に折った端切れの布を、いよいよ縫っていくことにした。
——あれ、どうしたことでなんし。
途中まで針を進めていた美鶴の手が、止まった。
小気味良く針を運ぶ吉原のお針子は、まるで物差しで真っ直ぐ引いたかのごとく、裁った布地の端から端まであっという間に縫い終えていたものであったが……
美鶴の縫った糸運びは、蛇がのたくったように波打っていた。
しかも、糸の出ている目が、長いのがあったり短いのがあったりと、まちまちであった。
吉原のお針子の縫い目は、もちろん細やかできっちりと揃っている。久喜萬字屋が抱えていたのは、吉原の中でも特に腕の長けたお針子だった。
幼き頃よりその見事な縫い目を、あたりまえのように見てきた。ゆえに、見苦しい「手」は、どうしても許せなかった。
先刻あんなに難儀して拵えた玉結びを、美鶴は握り鋏で、ぱちん、と断った。そして、するするする…と糸を引き抜く。
賽の目は振り出しに戻った。もう一度、初めからやり直しである。
美鶴は我が身のあまりの不器用さに、先ほどより長いため息を、ほぉーっと吐かざるを得なかった。
美鶴は、再び糸を通した針を持った。
流石に何回か繰り返していると、だんだんすんなりと糸を通せるようにはなってきた。
いざ、格子柄の布に向かう。
格子の線に沿って、四半寸(約七ミリメートル)ほどの目で、なるたけ丁寧に針を動かし縫っていく。
——やはり線のあった方が、存外に縫いやすくなりなんした。
ようやく縫い物に「手応え」を感じ始めた。
そして、次々と何本もの線を縫っていくうちに、四半寸だった縫い目がどんどん細かくなっていった。心なしか、糸を運ぶ早さも出てきたかもしれない。
なにより、持て余していた間を持たせることができるようになった。
そんな折——多喜がひさびさに美鶴の目の前に姿を現した。
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