大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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五段目

敵の陣屋の場〈参〉

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「なんという無礼な女子おなごか。そなたは、返事一つもまともにできぬのか」
   女は呆れ果てた口調で云った。

   されども、すぐに思い出したかのように、
「あぁ、そうであった……そなた、国許くにもとなまりが相当ひどいらしいな」
と、さも莫迦ばかにした物云いをした。

   どうやら、舞ひつるが吉原で培われたさと言葉は、「お故郷くに訛り」ということになっているようだ。
   とは云え、知る者が聞けば、即座に遊女や女郎の語り口だとわかる。用心に越したことはない。

   久喜萬字屋のお内儀かみが、舞ひつるが吉原を出ても「一蓮托生」だと云っていた意味が、なんとなく見えてきた。

——確かに……命にも関わりなんしことでありんす。

   目の前の女の言葉が、武家筋のものであったからだ。

   もし、なによりも「体面」を重んじる御武家様を、吉原のおんなごときがあざむいたとあらわになろうものなら——

   切り捨て御免、とばかりに、舞ひつるも久喜萬字屋の者も、それこそ我が身を一刀両断されるやもしれぬ。

   舞ひつるの肝が、さらに冷えた。


「また、老中首座様のお取りはからいで、御公儀挙げての『質素・倹約』に励まねばならぬ折、そなたはなんとまぁ派手な身形みなりをしておるのか。諸藩おくにの下屋敷は、よほどたがが外れていると見えるな。……呆れてものも云えぬわ」

   女は黄八丈の着物を見て、吐き捨てるように云った。

   舞ひつるはおのれの着物を見た。昨夜はあまりの疲れに、ついそのまま横になってしまったゆえ、黄八丈には処々ところどころしわが寄っていた。

   品川沖より舟で出て、何日もかけて向かわねば辿り着けぬと云う離れ島・八丈島に住むおなご・・・たちが織りなす黄八丈は、贅沢な絹地のため庶民にはなかなか手の出ない代物で、舞ひつるにとっても普段着とはいえ「一張羅」であった。

   久喜萬字屋のお内儀かみから、
『粗末な着物を普段着にするとさ、日頃の所作が乱れちまって、それが御座敷のときにも出るんだよ』
と云われ、与えられていたものだった。

   確かに、男女問わず灰地や紺地を着ることの多い江戸の者にとって、黄地に黒の格子柄の黄八丈は目を引く。

   目の前の武家と思われる女は、男が着るような燻んで暗い消炭けしずみ色の木綿の着物であった。うっすらと入った柄は、目をらさねばならぬほど小さい。

   だが、今の舞ひつるにとっては着ているものをなんと云われようとも、どうでもよかった。

——もしかして、わっちは今まで『諸藩の下屋敷』にいたことになっているのかえ。

   諸藩を束ねる藩主(大名)は、一年ごとに江戸と領地を往復する定め(参勤交代)となっているため、江戸に藩邸を設けねばならない。
   藩主は千代田の城(江戸城)近くの上屋敷に滞在し、国許(領地)から付き従って江戸に赴任した家来たちは、御用も兼ねて城下より少し離れた下屋敷に住むことになっていた。

   訳もわからず、ただいきなり見知らぬ土地に放り込まれた身としては、とにかく女の言葉から置かれている「身の上」を察するしかなく、そちらの方に気を取られた。

   文字どおり——「命懸け」なのだ。


「なにをほうけておる。さっさとその派手な着物を脱がぬか」

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