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四段目
逢引の場〈伍〉
しおりを挟む突然の我が身一つでの「夜逃げ」となってしまった。
舞ひつるが久喜萬字屋の裏口から外へ出ると、お内儀の云ったとおり駕籠舁きが待っていた。
二人とも、一見しなやかそうな軀つきではあったが、大人の男すら担いで動くのだ。おそらく、屈強な体力を持ち合わせているに違いない。
到底、逃げられるものではない。
二人のうちの片方が、四つ手駕籠の垂れ筵をひらりと上げた。四つ手駕籠は町家の者がよく使う駕籠で、辻駕籠とも呼ばれる。
舞ひつるはなにも云うことなく、駕籠の中に入った。すぐに、駕籠の筵が下される。
これで、お内儀のほかはだれ一人として暇乞いの挨拶を申すことなく、吉原から姿を消すことになった。
不義理の極みに、思わずくちびるを噛みしめる。
それに……
——若さまは……今ごろ、お稲荷さんで……きっと、わっちをお待ちになっとりんす……
前後に陣取った駕籠舁きが、舞ひつるの乗った駕籠を持ち上げる。
掛け声とともに、いきなり身がふわりと浮いた舞ひつるは、あわてて天井から垂らされた紐に掴まった。
また掛け声がして、駕籠が進み出す。
どうしても左右に揺れるため、舞ひつるは掴んだ紐をしっかりと握り直した。踏ん張らないと、舌を噛むことすらある。
——結局のところ……若さまには、わっちの真名も云えずじまいでなんした。
下ろされた筵のために、外は皆目わからない。
いや、たとえ上げられていたとしても、漆黒の闇夜が広がるばかりで、やはりなにも見えないであろう。
——玉ノ緒は、おのれの真名を……「おゆふ」いうその名を……
若さまから……呼ばれなんしていたと云うのに。
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