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三段目
玉ノ緒の場〈弐〉
しおりを挟む「……そのお方は、梅ノ香姐さんでありんす」
おしげが話を引き取った。
「部屋持ちでいなんした梅ノ花姐さんは、わっちがまだ月の障りが来る前、下働きとして此処で奉公し始めなんした時分に落籍かれなんしたゆえ、わっちが口をきいたことはほとんどあらでなんしが……」
そして、舞ひつるをじっと見る。
「まだ引っ込み禿でいなんして、真名の『おてふ』と呼ばれていなんした胡蝶姐さんと、親しゅう話をしていなんした」
胡蝶は、若くして世を去った舞ひつるの母だ。
母を知る久喜萬字屋のお内儀などは、最近ますますその時分の胡蝶に似てきたと、舞ひつるを眺めては云う。
「さすれば……淡路屋さんは玉ノ緒姐さんよりも、今のお内儀さんが昔親しゅうしなんしたお方の娘の舞ひつる姐さんを、身請けしなんした方がよろしゅうなんしではないかえ」
羽おりが邪気なく思ったことを云う。
「あれ、忘れなんしたのかえ」
詮なきことを申す羽おりを、羽おとは呆れた目で見る。
「そもそも、淡路屋の若旦那が玉ノ緒姐さんを見初めて自らお望みしなんした、と云う話でありんす」
「そ、そないなこと、忘れてなんしなぞ……」
うっかり失念していた処を見事に羽おとに突かれ、羽おりが色をなす。
「……玉ノ緒は、お廓きってのお三味の上手にてありんす」
見かねた舞ひつるが、すっと口を挟む。
「町家に嫁ぎなんした折には、ずいぶんと重宝がられなんし」
町家の者たちの間では、気軽に奏でられてしかも持ち運びの良い三味線がたいそうな人気で、老若男女を問わず元芸妓の「お師匠」の許に出向き、教えを請う者があとを絶たない。
ゆえに、近頃の町家の娘たちの嫁入り支度としても、箏よりお三味の方に軍配が上がった。
もう直に子の刻を迎える見世は、宴を終えてすっかり静まりかえっていた。
羽衣はすでに今宵の客と閨に入っている。
舞ひつるたちはこってりと塗った化粧を米糠で擦って落としつつ、客が手をつけなかった御膳のお菜を腹が重くならぬ程度に摘んでいた。
もし、羽おりと羽おとの諍いが始まって夜半にもかかわらず騒ぎ立てでもしたら、翌朝舞ひつるやおしげまでもが内所に呼び出されて、お内儀にこっぴどく叱れる羽目になる。
「お廓のことをよう知るお姑がおられなんし。……玉ノ緒は、きっと幸せになりんす」
舞ひつるは声を抑えてつぶやいた。
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