大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
17 / 129
三段目

逢瀬の場〈肆〉

しおりを挟む

——『好いたおのこ

   もし、かような殿方が我が身を『慈しんでくれ』なんしことがあらば……
   わっちも、かのお方のために美しゅうなりんす、と思うようになりしなんしかえ。


   くるわでは、遊女や女郎が惚れた男のことを「間夫まぶ」と云う。
   見世の客として知り合うのがほとんどだが、中には見世に出入りのあきない人や、まれ故郷ふるさとに置いてきた幼なじみなどがある。

   いずれにしても、もし見世にとってびた一文にもならぬ「逢引」であらば、御法度である。見つかり次第、ただでは済まされぬ。

   二人が如何いかほど心を通わせていようが——哀しいことに、たいていはおんなの方が逆上のぼせて舞い上がっているだけだが——お構いなしに引き離される。

   間夫は見世が用心棒に雇った荒くれ者から半殺しの目に遭わされて、二度と吉原の大門をくぐれなくなり、妓も罰として目を覆うほどのきつい折檻を受け、しばらく働けぬ間にますます負い目(借金)がかさんで年季明けが遠くなる。

   それは、ほかの妓たちに観念させるせるための「見せしめ」でもあった。

   されども、そもそも舞ひつるは、久喜萬字屋くきまんじや主人あるじやお内儀かみから、町家の豪商の娘に負けず劣らずの「箱入り」で育てられていた。
   たとえ見世の男しゅであっても、おいそれとは近づけない。

   ゆえに、さような我が身に、とても「好いた男」が現れる折が訪れるとは思えぬ。

——お祖母ばばさまも、おっさんも、好いた殿方の子を産みなんしたと聞いとりんすが……

   二人とも、廓の最高峰「呼出」の身であった。外に出ることなど、とんとなかったであろう。

   にもかかわらず、如何ように子の「父」となる者に出逢ったのか、その経緯いきさつは両方ともこの世におらぬ今、知るすべはない。

——きっと「客」としてなんしたお人にてありんす。

   育ててくれた見世を裏切るような度胸なぞ、微塵もない舞ひつるには、とうてい客以外の者に身を任せる心持ちになんてなれなかった。

   やはり、我が身の初花を散らせるのは、初見世で買われた客としか思えなかった。


「ところでよ、おめぇさん……名はなんて云うんでぇ」

——若さまは、名も知らぬおなごに、毎朝「供」をしなんしかえ。

   舞ひつるは驚きながらも、
「……舞ひつるでありんす」
と、名乗った。

   すると、間髪入れずに、
「そないな名は知ってるさ。おれが知りてぇのは、おめぇが親から授けられた『まことの名』だ」

——『真の名』

   くるわおんなは「夢の女」だ。ゆえに、客に決して「うつつ」を見せぬのが心意気である。
   その「現」の最たるものが、親から名付けられた「真名まな」であろう。

   見世がわざわざ「源氏名」を名乗らせてまで客の前に出すのは、かような由縁ゆえんである。
   にもかかわらず……

——若さまは、わっちに、真名を名乗らしなんし気でありんすかえ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猿の内政官の孫 ~雷次郎伝説~

橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官シリーズの続きです。 天下泰平となった日の本。その雨竜家の跡継ぎ、雨竜秀成は江戸の町を遊び歩いていた。人呼んで『日の本一の遊び人』雷次郎。しかし彼はある日、とある少女と出会う。それによって『百万石の陰謀』に巻き込まれることとなる――

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

紅花の煙

戸沢一平
歴史・時代
 江戸期、紅花の商いで大儲けした、実在の紅花商人の豪快な逸話を元にした物語である。  出羽尾花沢で「島田屋」の看板を掲げて紅花商をしている鈴木七右衛門は、地元で紅花を仕入れて江戸や京で売り利益を得ていた。七右衛門には心を寄せる女がいた。吉原の遊女で、高尾太夫を襲名したたかである。  花を仕入れて江戸に来た七右衛門は、競を行ったが問屋は一人も来なかった。  七右衛門が吉原で遊ぶことを快く思わない問屋達が嫌がらせをして、示し合わせて行かなかったのだ。  事情を知った七右衛門は怒り、持って来た紅花を品川の海岸で燃やすと宣言する。  

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...