大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
14 / 129
三段目

逢瀬の場〈壱〉

しおりを挟む

   あの日より毎朝、舞ひまひつるが明石稲荷へお参りする際には兵馬ひょうまが「供」として付き添った。

   されども、与力の御曹司である兵馬は、吉原ではあまりにも目を引く。
   ましてや、さような御曹司がくるわ振袖新造ふりしんと二人っきりで歩いているのをだれかに見咎められた日には、とんでもない騒ぎとなるのは間違いない。

   そもそも、廓のおんなが見世の外で男と会うこと自体がご法度なのである。

   兵馬にしても、舞ひつるにしても、互いに如何いかような沙汰が下されるかしれぬ。
   ゆえに、往来では必ず少し離れたところで、兵馬は舞ひつるを見守っていた。


   先般、舞ひつるを襲いかけた同心の子息たちは、兵馬が事の次第を上役へ注進したことによって、即刻、御役目を解かれたそうだ。
   今は、各々おのおのが生家で蟄居謹慎の身だと云う。

『ならば、もう「供」などらぬようになりなんし』
と、舞ひつるは申し出た。

   ところが、兵馬は、
『何を云ってやがんでぇ。あのときは、たまたまおれが通りかかったから事なきを得たものの、まだまだ無体を働くやから其処そこいらじゅうにいるってのよ』
と云って、まったく耳を貸さなかった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   その日は、どうやらお天道様がご機嫌斜めで、朝から雲行きが怪しかった。

   果たして、舞ひつるが手を合わせていつもの願掛けを終えたところで、にわかにザーッと雨が降ってきた。

   舞ひつるはあわてて小堂の軒先に入ると、薄墨色の空を見上げた。

——あぁ、やっぱり番傘かさを持ってくればよかったでなんし。

   そして、若さまは……と辺りを見渡したが、兵馬の姿がない。

——いったい、何処いずこへお行きなんし。

   かような雨では、たちまちのうちにびしょ濡れになってしまうと、舞ひつるが案じたそのとき……

「おい、おめぇ、こっち来な。そないなひさしじゃ、役に立たねえ。見る見る間に濡れ鼠になっちまうぜ」

   ぎしぎしぎし…ときしんだ音がして、舞ひつるが背にしていた小堂の扉が、いきなり開いた。

   どうやら裏手は引き戸でかんぬきがなかったらしい。其処そこから中に忍び込んだ兵馬が、表の閂を上げて木の扉を開けたのだ。

「……断りもなく御神体を拝顔しなんしなぞ、罰当たりの極まりでありんす」

   舞ひつるは真っ青になった。日参して願掛けしている甲斐が、吹っ飛んでしまう心持ちがした。

「なぁにが罰当たりってんだ。おめぇさんこそ、その御神体に尻を向けて突っ立ってたじゃねえかよ」

「ええっ」

   心外であった。軒下を借りる手前、どうしてもそうなってしまうのだ。

「ぐだぐだ云ってるうちに濡れちまわぁ。よう、中にぇりやがれ」

「さ、されども……」

   とうとう、舞ひつるは兵馬に腕を取られ、小堂の内側へ引っ張り込まれてしまった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

赤松一族の謎

桜小径
歴史・時代
播磨、備前、美作、摂津にまたがる王国とも言うべき支配権をもった足利幕府の立役者。赤松氏とはどういう存在だったのか?

おぼろ月

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
「いずれ誰かに、身体をそうされるなら、初めては、貴方が良い。…教えて。男の人のすることを」貧しい武家に生まれた月子は、志を持って働く父と、病の母と弟妹の暮らしのために、身体を売る決意をした。 日照雨の主人公 逸の姉 月子の物語。 (ムーンライトノベルズ投稿版 https://novel18.syosetu.com/n3625s/)

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

くじら斗りゅう

陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...