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三段目
逢瀬の場〈壱〉
しおりを挟むあの日より毎朝、舞ひつるが明石稲荷へお参りする際には兵馬が「供」として付き添った。
されども、与力の御曹司である兵馬は、吉原ではあまりにも目を引く。
ましてや、さような御曹司が廓の振袖新造と二人っきりで歩いているのをだれかに見咎められた日には、とんでもない騒ぎとなるのは間違いない。
そもそも、廓の妓が見世の外で男と会うこと自体がご法度なのである。
兵馬にしても、舞ひつるにしても、互いに如何ような沙汰が下されるかしれぬ。
ゆえに、往来では必ず少し離れた処で、兵馬は舞ひつるを見守っていた。
先般、舞ひつるを襲いかけた同心の子息たちは、兵馬が事の次第を上役へ注進したことによって、即刻、御役目を解かれたそうだ。
今は、各々が生家で蟄居謹慎の身だと云う。
『ならば、もう「供」など要らぬようになりなんし』
と、舞ひつるは申し出た。
ところが、兵馬は、
『何を云ってやがんでぇ。あのときは、たまたまおれが通りかかったから事なきを得たものの、まだまだ無体を働く輩は其処いらじゅうにいるってのよ』
と云って、まったく耳を貸さなかった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
その日は、どうやらお天道様がご機嫌斜めで、朝から雲行きが怪しかった。
果たして、舞ひつるが手を合わせていつもの願掛けを終えたところで、にわかにザーッと雨が降ってきた。
舞ひつるはあわてて小堂の軒先に入ると、薄墨色の空を見上げた。
——あぁ、やっぱり番傘を持ってくればよかったでなんし。
そして、若さまは……と辺りを見渡したが、兵馬の姿がない。
——いったい、何処へお行きなんし。
かような雨では、たちまちのうちにびしょ濡れになってしまうと、舞ひつるが案じたそのとき……
「おい、おめぇ、こっち来な。そないな庇じゃ、役に立たねえ。見る見る間に濡れ鼠になっちまうぜ」
ぎしぎしぎし…と軋んだ音がして、舞ひつるが背にしていた小堂の扉が、いきなり開いた。
どうやら裏手は引き戸で閂がなかったらしい。其処から中に忍び込んだ兵馬が、表の閂を上げて木の扉を開けたのだ。
「……断りもなく御神体を拝顔しなんしなぞ、罰当たりの極まりでありんす」
舞ひつるは真っ青になった。日参して願掛けしている甲斐が、吹っ飛んでしまう心持ちがした。
「なぁにが罰当たりってんだ。おめぇさんこそ、その御神体に尻を向けて突っ立ってたじゃねえかよ」
「ええっ」
心外であった。軒下を借りる手前、どうしてもそうなってしまうのだ。
「ぐだぐだ云ってるうちに濡れちまわぁ。早よう、中に入ぇりやがれ」
「さ、されども……」
とうとう、舞ひつるは兵馬に腕を取られ、小堂の内側へ引っ張り込まれてしまった。
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