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二段目
邂逅の場〈壱〉
しおりを挟む「……おめぇら、なにしてやがる」
いきなり飛んできた音声に、
「なんだ、おまえっ、おれたちに向かって……」
男たちの一人が声の主に向かって声を荒げたが——
「……うっ、兵馬様……」
その顔が目に入ったとたん、急に勢いを失う。
「な、なにゆえ、かような処に松波様が……」
ほかの者も、みるみるうちに血の気の失った顔に変わっていく。
ぎゅーっと目を瞑っていた舞ひつるも、ようやく目を開ける。
着流しに袴姿なのは五人の男たちと同じであるゆえ、おそらく吉原に「修行」に来ているお武家の子息であろう。
だが、頭は粋な本多髷にその精悍な面立ちは、巷では勝手に浮世絵にされるのではないかというほどの鯔背な男ぶりだった。
「てめぇらが多勢に無勢で、見境なく見世の奴らに狼藉を働いてるってのはよ、吉原の方々で噂になっちまってるってのよ」
さように告げて、ぐっと睨みをきかせたその眼力は、竦み上がるほどの強さであった。
舞ひつるは、はたと気づいた。
——あ……このお方が『若さま』なんし……
御公儀の下知により、江戸市中の治安を守るため、町家を管轄しているのが町奉行所だ。「北町奉行所」と「南町奉行所」があり、其々で仕える「与力」たちを中心にして、月替りで交互に御役目にあたっていた。
しかしながら、いざ巷で厄介ごとが起こった際には、与力が出向くことはほとんどなく、奉行所内で一番数の多い「同心」がいち早く現場に駆けつけ、御役目を果たすことになっている。
かの五人は、その子弟だった。
さような同心たちを組に分けて束ねるのが、数ある与力の御役目の中でも「同心支配役」と呼ばれる「筆頭与力」だった。
『若さま』——松波 兵馬は、代々その筆頭与力の任を仰せつかる家で生まれた。
与力には同心には赦されていない江戸市中での騎馬が赦されていたが、「差」はそれだけではない。
実は、同心は町奉行所の役人ではあるが「士分」ではなかった。武家である「士分」と「町人」の間に属する身分なのだ。
ゆえに、如何に手柄を立てようとも、決して同心が与力に取り立てられることはない。
与力と同心の間には、かようなまでの「身分の差」があった。
「ま、松波様……め、面目のうごさる」
「吉原に配されて浮き足立ち、つい羽目を外してしまったがゆえのことで……」
「我ら、悪気があってではこざらんゆえ……」
「何卒……御目付役の同心には、御内密に……」
「もし、表沙汰にならば『御家』の一大事になるゆえ……」
慌てふためく男たちは、知らず識らずのうちに物云いが改まった武家言葉になっていた。
「……起っきゃがれっ」
兵馬が大音声で制した。
「おめぇら、この期に及んで、まだ言い訳する気か。それでも御公儀から御役目を賜り、禄をいただく身か。恥を知れ」
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