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大序
久喜萬字屋の場〈参〉
しおりを挟む部屋持ちや下っ端の座敷持ち程度ならともかく、「呼出」になれるかどうかは、初っ端で決まる。
将来、呼出(花魁)になるためには、歌舞音曲に和漢の書に手習いにと、その道の第一人者たちからみっちりと仕込まれる振袖新造になるのが登龍門である。
「振新」になれなかった時点で、まず「呼出」は目指せない。親兄弟から女衒に売り飛ばされた十代半ばの女子ではもう遅いからだ。
ゆえに、振新のうちの多くが、廓の遊女や女郎たちが下手を打って産み落とした女子だった。
かような女子はまず同じ吉原の中にある「子ども屋」に預けられ、物心ついた頃より休む間もなく厳しく躾けられる。
やがて、廓に戻されたら見習いの禿を経て「振袖新造」となり、本格的に見世に出されるが、まだまだ「修行」は終わらない。
客を取らなくてもいい代わりに「呼出」に付いて、客との遣り取りの中で手練手管を学び、来るべき客を取る初日——「初見世」に備えるのだ。
巷では、振新の「初物」をいただくと不老長寿につながると云われている。
いきなり上客の御大尽が相手となる。しかも、満足させねばならぬ。
相当、つらく厳しい鍛錬となる。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
二階の座敷では、今宵の客人たちに酒と御膳がふんだんに供され、つい先刻まで太鼓持ちの幇間が座を盛り上げていた。
そして今は、齢十五ばかりの女子が、客人たちをもてなすために舞を踊っている。
身に纏う真っ赤な振袖の、ぴらぴらして扱いづらい袂や、脚に絡みつく長い裾にもかかわらず、酒井抱一による四季折々の風物を描いた屏風を背に、芸者衆の唄声とお三味の音に合わせて、初々しくも嫋やかに舞っていた。
「……のう、羽衣、あの振新が……胡蝶の忘れ形見か」
宴を愉しむ客人の中でいちばん位の高い、御公儀のさるお偉方が目を眇めつつ問う。
座敷には喚べても、決して手を出してはならぬ振袖新造は、一目でそれとわかるよう、真っ赤な振袖を見世から与えられている。
「さようでありんす。いずれ、胡蝶の姐さまのような舞の上手になりなんし」
隣で一緒に眺めていた、羽衣と呼ばれた昼三が、朱羅宇の煙管で莨をひと呑みしたあと、答える。
久喜萬字屋は今、代替わりの時期で「呼出」がいないため、本来ならば二番手である昼三が廓の最高位だった。
「名は何と申すか」
正面の舞を見たまま、左手でついと盃を持ち上げると、脇に控える十歳ほどの禿が、すすっと出てきて酒を酌する。
羽衣もまた正面の舞から目を逸らさず、手にしていた朱羅宇の雁首を、膝の横に置いた莨盆の灰落としにカンッと叩いて、灰を落とす。
「『舞ひつる』と、名付けられなんし』
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