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大序
久喜萬字屋の場〈弐〉
しおりを挟むさまざまな事情により吉原に売られたおなごたちは「女郎」になると、まずは通りに面した張見世に座って客引きをする。
客がついたら、一階の「廻し部屋」という大部屋で春を売ることになる。
廻し部屋では、同じ部屋の中に仕切られた屏風の向こう側で別の女郎が別の客に春を売っている。
廓では、客が初会、裏、三会、と三度通って「馴染み」にならないと「床入り」できぬという仕来りがあるが、さようなことは二階の「部屋持ち」以上の「遊女」たちの話である。
一階の廻し部屋の安い女郎たちは、初会であろうと身体をひらく。客は決まった刻が過ぎれば帰らされるため、女郎はまた張見世に出ねばならぬ。
ゆえに、一晩で何人もの客を相手にした。
それは、いくら大見世であろうと同じだった。安価な客は数で稼がねば、いくら大見世でもやっていけないからだ。
厭ならば、二階へ上がって自身の部屋を持つ「遊女」にのし上がるしかない。
「女郎」と「遊女」は似て非なるものだ。
女郎はおのれの身体さえ売っていれば済むが、遊女はそうはいかない。
特に、大見世ともなれば客筋は御公儀のお偉方に諸国の藩主、さらにお武家の威厳を脅かすほどの財を持つ大商人である。
遊女は、それらの者を至上の楽園、桃源郷に誘うかのごとく遊ばせるのだ。
宴で楽しませるための歌舞音曲はもちろん、座を盛り上げるために、時には気の利いた洒落っ気のある狂歌・川柳をものす。
また、話に登った際に「知らぬ存ぜぬ」では済まされないので、我が国だけでなく唐(中国)の国の古典の書にも精通している。
そして、相手がご無沙汰の折には寂しさを訴えて書き送らねばならぬゆえ、流れるような美しき字も身につけている。
それらを極めたのが……
遊女の最高峰「呼出(花魁)」なのだ。
女郎から遊女になり、二階に上がれたからと云って、おいそれとなれるものではない。遊女にも順序があった。
一部屋のみを赦された「部屋持ち」は、客をもてなすのも床入りするのも同じ部屋だ。「座敷持ち」になると、客をもてなす座敷とは別に床入りの部屋も赦される。
そして、廓の二番手で昼の揚代が三分というところから由来する「昼三」や、さらに廓の頂点を極める筆頭の「呼出」ともなれば、広々とした部屋に客の目を愉しませるための調度がいろいろと取り揃えられ、しかもどんどん豪華で煌びやかなものになっていく。
中でも、客との床入りに欠かせない「布団」には力が入る。
三代の公方様(徳川家光)の御治世、九州で起きた大きな一揆がきっかけとなり、御公儀はこれ以上切支丹が蔓延るのを恐れ、阿蘭陀と唐以外の国との交易を御禁制にした。以後、只でさえも物資の乏しい我が国にはいっそう物がない。
特に、日々の暮らしに欠かせぬ「綿」は百姓の綿花の栽培が追いつかず、手に入れるのに難儀した。たとえ、裏店(長屋)住まいの者のなけなしの煎餅布団であっても、質屋が質草にして用立ててくれるくらいの値打ちがある。
ゆえに、ふんだんに綿を使って幾重にもなった分厚い敷布団に身を委ね、色鮮やかな錦地のふっくらとした綿入れの打掛に廓で買った妓と包まれて共寝できるのは、どんなお大尽であろうとなによりもの「御馳走」となる。
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