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それからの日々
④
しおりを挟むそして、馨しいカフェオレの匂いに包まれながら、みどりは想像する。
もし、わたしらが……子どもたちをみんな引き取って、連れてくることができたのなら……
——どんな生活やってんやろなぁ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
『おかあさん、ただいま』
『……ただいま』
みどりの上の娘と洋史の息子が、中学校から家に帰ってきた。
この界隈の公立中学は、男子は詰襟の学ラン、女子はセーラー服である。
全国的には短いスカート丈が流行っているはずなのに、なぜかかなり長めだ。どうやら、この街の私立の女子校の制服がそうなので、その影響らしい。
『お帰りなさい。初めての中間テスト、どうやった?』
みどりが尋ねると、娘がとたんに苦虫を噛み潰したような顔になる。
息子が思わず、くすり、と笑う。
『……なによ、智くんっ、ちょっと自分は余裕やからってっ、ムカつく!』
娘がじろり、と息子を睨む。
『稍ちゃんが「数学、もう無理ぃー!」って言いようから、僕が特訓したったんやないか』
声変わりが始まった少し不安定な声で、息子が言い返す。言葉とは裏腹に、その顔はさもおかしげにニヤリと笑っている。
『あっ、おにいちゃん、おねえちゃん、おかえりー!』
幼稚園から帰ったあと、一人でリビングで遊んでいた下の娘が、転がるように駆け寄ってきた。
そろそろ夕飯の支度に取りかからねばならないみどりは、子どもたちに尋ねる。
『なぁ、晩ごはん、なにがええ?』
『んーとっ……ハンバーグとケチャップライスっ!』
兄と姉に遊んでもらおうと、二人の腕を引っ張りながら、下の娘が叫ぶ。
『栞、あんたの好物ばっかし言うとうやん』
呆れたように上の娘が言う。
『おれは、なんでもええで。栞が食べたいと思っとうもんやったら』
息子が下の娘を抱き上げて言う。
『よかったなぁ……智くんはええって言いようで。栞には甘いもんなぁ』
上の娘が手を伸ばして、下の娘のぷくぷくのほっぺたをつんつん、と突っついた。
『わかった。ほな、ハンバーグとケチャップライスにするわ』
みどりは冷蔵庫の中にあるものを頭に思い浮かべる。もし足りないものがあれば、ダ◯エーに行かなくてはならない。
『あ、そうや……今度の日曜な、おとうさんがみんなでどこか遊びに行こか、って言うとうで』
昨夜、洋史から子どもたちに伝えるように言われていたことを忘れるところだった。
『ええっ、ほんまっ?めっちゃ楽しみぃーっ!』
下の娘が歓声を上げて、手を叩く。
『ほんで、宝◯ファミリーランドにするか、ポ◯トピアランドにするか、阪◯パークにするか、それともパンダを見に王◯動物園にするか……みんなで決めといてくれって』
『えーっ、迷うなぁ。でも、智くん、日曜は部活あるんやっけ?あたしの方は仮病使って休むわ。あぁ、どうか先輩たちにバレませんように……!』
突然、上の娘が天に向かって祈り始めた。
『そやな。まぁ、僕もなんとかして休むわ』
中学生になって入ったばかりの部活なので、「新入りの下っ端」はなにかと気を遣うようだ。
『んーっとっ、あたし、王◯動物園でパンダ見たいっ!』
そんな兄と姉にいっさい構うことなく、下の娘は声を張り上げた。
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——もしかしたら、そんな日が、あったのかもしれない。
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