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Chapter 11

危機 ⑦

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——し、しまった……

「なのに、おれの誘いに乗ったのは、気になったからじゃないんですか?」

——地雷を踏んでしまった。

「『なにかしらの事情で「偽装」だったりしたら、社長までも欺いてる、ってことになりますよね?』って言ったら、とたんにややさんの顔色が悪くなりましたよね?」

——ま、まずい……

「社長にチクられたら困る、と思って、今日おれの誘いに乗ったんじゃないんですか?」

   稍は俯いて、膝の上に置いた拳にぎゅっ、と力を込めた。震えてしまいそうだったからだ。


「……だったら、覚悟、決めてくれませんか?」

   そう言って、山口はスーツの上着の内ポケットから、一枚のカードを出した。

「上に……部屋を取ってあります」

   カードキーだった。

「あなたの『決心』一つで、社長に密告チクったりなんか、しませんよ?」

「な…なにを言って……」

   俯いていた稍は、顔を上げて山口を見た。

「ややさん……おれは本気ですよ」

   怪訝な色が浮かぶ稍の目を捕らえて、山口は真剣に言う。

「おれだって、リスキーですよ。あの青山さんを敵に回すんですから。……だけど、あなたをおれのモノにできるのなら、転職したっていい。なんだってやりますよ」

   稍の身体からだこらえきれず、かすかに震え出してきた。

——どうしよう……智くんの仕事が……智くんの部長昇格が……ダメになってしまうかもしれない……

   額にはうっすらと脂汗が滲んできた。

——やっぱり「偽装結婚」なんて、引き受けるんじゃなかった……このままでは、社長から期待されていた智くんの「本来の仕事」ができなくなる……

   耳がぼおっとして、目は膜を張ったように霞んできた。
   稍の微かだった身体の震えが、いつの間にか小刻みになっている。


「ややさん?……どうしたんですか?」

   山口も稍の「異変」に気づいたようだ。

——智くんとの「偽装結婚」は十月までだ。

   どくっどくっと心臓を打つ鼓動が、稍の耳の中にこだまする。息が、くるしい。

「……お客様、大丈夫ですか?」
   杉山も気がついてチェイサーを勧めてくれる。

   稍は一口、水を飲む。だが、胸の動悸はますます激しくなり、息苦しくてたまらなくなっていた。

「ややさん、大丈夫ですか?……少し部屋でやすみましょう」

   山口は手早く会計を済ませた。そして、カードキーを胸ポケットに収めた彼は、ぐったりする稍を抱えるようにしてハイスツールから立ち上がった。

——それまで、この人を口止めできさえすれば……

「お客様、タクシーでもお呼びしましょうか?」
   杉山が心配そうに稍に話しかける。 

「大丈夫だから」
   山口が「店の者の分際で邪魔するな」とばかりに鋭く睨んだ。

「さぁ、ややさん行きましょう。おれに寄りかかって歩くといいですよ」

   杉山はなおも心配げに稍を見たが、そのとき山口の隣の客からも会計を頼まれたため、そちらの応対をすることになった。

——智くんが「本来の仕事」ができるようになるんだったら……

   稍は決意した。


——ややは、さとくんのためやったら……なんでもする。

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