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Chapter 11

危機 ⑤

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   幹部たちと会食を終えた智史は、一度会社に戻った。

   今日は稍が元の職場の同僚と食事に行っているから、帰ってもだれもいないからだ。いつの間にか真っ暗な家に帰るのがイヤになっていた。

   会食では、ようやく身を固めた智史に幹部たちが今までにない「同志感」を出してきた。
   まだまだ日本の社会では「結婚すると一人前」だという気風が蔓延はびこっているのだということを、まざまざと思い知らされた。こんな新興の会社ですら、そうなのだ。

   だが、悪い気はしない。「妻」という守るべき家族ができて、より一層仕事に打ち込める。

   男ってのは、守るべきものができるとこんなにも力が出るのか、と噛みしめるように思う。
   子どもができると、さらになお一層感じるのだろう。


  会社では石井と麻琴が残業していた。

  麻琴がスマホを差し出してきた。
「……青山さん、これ、ややちゃんが忘れていったの。おうちで渡してくれないかしら」

   智史は「あぁ、悪い」と言って、稍のスマホを受け取る。よりによって、出かけたときにスマホを忘れるとは……

——迎えにも行けないじゃないか。

   席を外して「給湯室」へ行き、稍のスマホのLINEを開く。

——パスコードも設定していないとは、不用心にも程がある。

   おかげで智史が稍のスマホを操作できるのだが。

   トークルームで【西村 沙知】を見つけて、無料通話をタップする。アク◯シティにある海賊の店で見かけたとき、一緒にいた子だと稍は言っていた。


   ほどなく『ややさん?』と相手が出た。

「あの……稍の夫の青山と申しますが」

『は?』
   素っ頓狂な声が返ってくる。

『ええぇっ、ややさん、結婚したんですかっ⁉︎い、いつの間にっ⁉︎ だ、だれとっ⁉︎』

——稍のヤツ、まだ友達に言ってなかったのか?

   智史は心の中で舌打ちする。

——おれは速攻で小笠原に話したぞ。

「初めまして、青山 智史と申します。僕らはもともと小学校の同級生で幼なじみなんですが、稍が四月にうちの会社に派遣で来て再会したんです。お互い歳も歳だしということで話が進んで、このGWに神戸に帰って入籍しました」

   智史は淡々と「ウソ設定」入りで説明した。

『ええぇっ⁉︎ じゃあ、ステーショナリーネットの人っ⁉︎ それって「運命の再会」じゃないですかぁっ!……あっ、ご結婚おめでとうございますっ‼︎』

   沙知は大興奮していた。

   そういえば、この前L◯NE通話で話したとき、稍が『さっちゃんに聞いてもらいたい、びっくりする話があるの』と言っていた。

   すごく気になった沙知が「どんな話なんですか?」と食い下がっても『会ったときに直接聞いてほしい話なんだ』と教えてくれなかった。それから、『GWに神戸に帰ったとき、お土産を買ってきたからね』とも……

——突然、結婚することになった話だったんだ。

「ありがとうございます。それで……そちらに稍はいませんか?今夜あなたと会うと言っていたんですが。スマホを会社に忘れて帰ったので、探してるといけないから伝えようと思いまして」

   智史がそう告げると、沙知からは意外な声が返ってきた。

『あたし、今夜はややさんとはなにも約束してないです。約束してるのは明日のランチなので』

「そうですか、明日でしたか。それなら……僕の勘違いかもしれないですね。お騒がせしました」

   智史は事を荒立たせることを避けて、当たり障りなく言った。

『あ、あのっ!』
   沙知が、通話を終えようとする智史を引き留めた。

『ややさんのこと……よろしくお願いします。絶対にしあわせにしてあげてくださいっ』

   沙知はスマホで話をしているにもかかわらず、頭を深く下げていた。

「必ず、しあわせにすると約束します」

   智史は落ち着いた低音の声ではっきりと告げた。

「それから、稍にはウェディングドレスを着させたいので、結婚の披露パーティを考えています。ぜひ、ご出席ください」

   スマホの向こうから『きゃあぁ~、ステキっ!』と声があがった。

「これからも、稍となかよくしてやってください。そうだ……もしよければ、明日うちに来ませんか?僕も稍のお友達にお会いしたいですね」

『えっ、いいんですかっ⁉︎ ぜひ、伺いますっ!』

——これで明日、稍は出かけずにずっと家にいられるな。

   智史は黒い笑みを浮かべて、通話を切った。

   そして、そのまま稍のスマホからL◯NEを開いて、
【明日の夕食をご一緒しましょう。お昼過ぎに来ていただけると稍も喜びます】
というメッセージの下に、住居のタワマンを示すG◯◯gleマップのスクショを添付して送った。

   すぐに既読がついて【それでは、午後二時くらいにお伺いします!すっごく楽しみです!!】と沙知からメッセージが返ってきた。

——明日の午前中は稍とゆっくりできるな。

   これで、明日の稍は「捕獲」できた。問題は、今夜の稍だ。

——いったい、どこへ行ったんだ?おれにウソをついて、だれと会ってるんだ?

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