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Chapter 11
対決 ⑥
しおりを挟む「わたし、二十代の頃、大阪支社の勤務だったんだけど、魚住さんが教育係だったのね。大阪ってね、一見フレンドリーなようでいて、実は余所者には結構冷たい街なのよね。特に『東京生まれの東京育ちの女』なんて、『やっぱりシュッとしてるわ~』って猫なで声で寄ってくるか、『お高く止まって大阪をバカにしてる』って敬遠されるか、どっちかだったわ」
稍はその逆で新卒で東京勤務になった。だが、東京という街はいろんな地方から出てきているのがあたりまえだから(最近は外国人の同僚だってめずらしくなくなってきたし)そんな苦労はせずに済んだ。
「魚住さんは関西出身だけど東京育ちだから、垣根なく接してくれた唯一の男の人だったのね」
麻琴はどんどん「そのとき」のことを思い出しているようだった。
「加えて、あのルックスでしょ?好きにならないわけ、ないじゃない」
麻琴は氷の溶け始めたスコッチを一口含んだ。彼女はいつもダブルのロックだ。
「大学時代にわたし『高嶺のお姫さま』って呼ばれてたの。本気で向かっていったら、絶対に振り向かせる自信があったわ。バレンタインの本命チョコもクリスマスプレゼントも誕生日プレゼントもぜーんぶあげたの。……でもね、いつも『ありがとう』の一言で終わり、なのよ」
——うっわぁー、魚住課長もたいがい「オンナの敵」だわぁ。
「でね、てっきり彼女がいるって思ったら『いない』って言うじゃない。……ま、あの頃のわたしは彼女がいようがいまいが手を緩める気はさらさらなかったけど」
——す、すっごいなぁ。でも、麻琴さんぐらいのビジュアルなら納得、だけど。しかも、ボン、キュッ、ボンッのナイスバディだし……
「それで、わたしから頼んでデートしてもらって『好きです』って告白ったの。……生まれて初めてよ、自分から言ったの」
——おおぉっ⁉︎
「だけど、なんか曖昧にされちゃって」
——魚住課長っ、智史ともども天誅ですっ!
「そうこうしてるうちに、ある日突然、魚住さんが部内で『入籍しました!』って、ものすごーくうれしそうな、今まで見たことのない笑顔を満開にさせて発表するのよ。……しかも、相手が人妻だった人で、その人を離婚させてまで手に入れた、っていうじゃない?」
——美咲さんのことだ。
「すっごくつらくて、こんなに涙って出るもんなんだ、って思うほど家で泣いちゃったけど。……でもね、あんなに幸せそうな魚住さんを見てると『わたしには足りないものがあったんだわ』ってわかったの。だから、なにがダメだったのか聞いて次につなげようと思って、最後に魚住さんと呑みに行ったのよ」
「そ…それで?」
なぜか、稍の方が固唾を飲む。
「『較べるものじゃないから』って、軽くいなされたわ」
——魚住課長、「鬼畜」確定っ!オンナがこれだけ「勇気」を振り絞って訊いたのにっ!!
——そうだ、美咲さんに協力してもらって「復讐」してやろうか? お人好しの美咲さんなら、同情して話に乗ってくれるはず……
「でね、質問を変えてみたの。『彼女のどこに惚れたんですか?』って。……そしたら、魚住さんが『料理』だって」
稍はぴん、と来た。
「だし巻き玉子、ですよね?」
「だし巻き玉子?」
きょとんとする麻琴に、稍は大きく肯いた。
「魚住課長の奥さんの美咲さんって、あたしの高校と大学の先輩なんです」
麻琴は、だから会社の創立記念パーティで仲良さげにしてたのね、と納得した。
「高校の頃、お互い図書委員で昼休みの当番のときには一緒にお弁当食べてたんですけど。美咲さんのだし巻き玉子が絶品なんですっ!」
稍は力説した。おかずを交換して食べたことがあったからだ。
「表面ふわふわ、中身とろっのだし巻き玉子で、とーっても『やさしい味』なんです」
麻琴が息をのんだ。
「なるほど……わかったわ。わたし、やっばり、間違ってたのね。男の人って、所詮そういう味の人を家に置きたいものなのよね?」
稍はしっかりと肯いた。やっぱり聡明な人だ、と思った。
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