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Chapter 10

心機 ⑥

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「それにしても、ややちゃん、こんな神経質なヤツをダンナにして大丈夫か?こいつ、一緒に鍋も突かれへんねんぞ。『他人の直箸じかばしが突っ込まれたとこなんぞに、自分の箸を入れられるか』って言うてさ」
   魚住がうんざりした顔になっていた。

「あれっ……智くん、あたしが食べてる最中のコンビニの焼きとりを奪って、機嫌よく食べてたよね?」

   稍は思わず口走っていた。すると、だんだんと「あのとき」の口惜しさが甦ってくる。

「智くんったら『おれは、稍が食べてるヤツが旨そうに見えたんや』って言って、わざとあたしの食べかけの串を奪っていくんですっ。挙げ句の果てには、あたしが楽しみにして最後にとっておいたハラミタレまでをもっ!」

   稍は魚住にチクることで「喰い物のうらみ」をぞんぶんに晴らしてやった。

「しかも、抗議するあたしに向かって『意地汚い女やな』って……そんなひどいこと言うんですよっ!!」

   突然の稍の剣幕に、魚住はありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべていた。

「……外では家でのこと、金輪際話すな」
   視線だけで人の息の根を止めるかのような凄まじさで、稍は青山から睨まれた。

   しかし、時はすでに遅かった。昼休憩までのカウントダウンはもう始まっていたからだ。

   それに——

「さ…『さとくん』って……こいつが『さとくん』……ぐふっ」

   そうつぶやいたかと思うと、魚住が「課長」の立場をかなぐり捨てて、身を二つに折って大爆笑しはじめた。

  青山には「ややちゃん」から「さとくん」と呼ばれていることを、死んでも知られたくない人間が、世の中にたった二人だけいた。

   それが……学生時代からの悪友の小笠原と、いつまで経っても歯が立たない兄のような従兄いとこの和哉だった。

   彼らに神戸での「ややちゃん」との話をしてしまったのは若気の至りとしか言いようがない。猛烈に後悔していた。

   魚住は「腹、てぇ」と、涙を流してヒィヒィ笑っている。


   するとそのとき、ミーティングルームのドアが三回ノックされた。

「……魚住課長」と姿を現したのは、麻琴だった。

   稍の顔を見てハッとして、
「失礼しました。来客中だとは知らずに失礼しました」
  優雅な所作で頭を下げる。

「あ、この人は客じゃないから大丈夫だ。今日から青山のチームで働いてもらう嘱託の麻生 稍さんだよ」

   魚住が稍を紹介する。

「同じ部署内で同じ名前は紛らわしいから、社内では旧姓だけど、青山の奥さんだから。入籍したばかりの新婚さんだよ」

   麻琴の大きな瞳がほんの一瞬、めいっぱい見開かれた。

「そうですか……」

   しかし、次の瞬間にはもう、いつもの彼女だった。

「……それは、おめでとうございます」

   改めて、麻琴はお辞儀した。

「奥さま、いつも青山リーダーにお世話になっております。渡辺 麻琴と申します」

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