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Chapter 9

対峙 ⑧

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   もし、少しは楽になって、智史の心の底におりのように沈んでいた「わだかまり」が、少しでもすくえるところまで上がってくるのであれば……

   「今日」のことは意味があった、と稍は思う。
   少なくとも、稍自身は母親と再会して、今まで腑に落ちなかったことが解消されたのは事実だ。

   たとえ、それが母親の「言い訳」であったとしても……

   稍とて、思春期の頃はやはり母親に対してやりきれない気持ちになったことがあった。
   また、就職先を東京にしたのは、仕方がなかったとはいえ、父親が娘たちの養育を押しつける形となった、父方の京都の祖父母の家を出たかったからだ。

   たとえ、あのような立場の栞を置き去りにすることになったとしても……

   母親側だけでなく、父親側にも稍には「思うところ」があったのだ。

   今まで、自分は親から自立した、と思っていた。
   だが、本当の意味での自立は「今日」だったのかもしれない。

   やはり、一人であれこれ考えるのと、会って話を聞いてみるのとでは、違うのだ。

   だけど、十代のときでも、二十代のときでも、こんな気持ちになれたかといえば、自信はない。
   三〇半ばになった「今」という時期も、よかったのかもしれない。


「昼過ぎたけど、なにか食うか?」

   智史が訊いてきた。

「おかあさんにもお昼勧められたけど、お腹いっぱいやからって断ったやん。智くんはお腹空いたん?」

   朝ごはんをはちきれんばかりに食べてしまったツケはまだ残っていた。

「いや、おれもまだ腹減らへんな。……生◯神社の裏にでも行って、腹ごなしの『運動』でもするか?シャワー浴びてスーツも着替えられるし、一石二鳥やな」

——はぁっ? なに考えてんのよっ⁉︎「あんな話」をしたあとやのにっ!いくらあたしがセフレでもひどすぎるっ!

「あたし、友達にお土産買いたいの。新幹線の時間もあるし、そんなことしてるヒマなんてないし」

   稍は流れていく車窓に目を遣った。

「わかった。……せわしないのは満足できへんから、帰ってから家でじっくり、ってことやな?」

   智史は勝手な「解釈」をした。

「いやいやいや……全っ然、ちゃうしっ」

   稍はあわてて智史の方に振り向いた。ちょうど、赤信号に引っかかって停車したところだった。

   智史の顔が近づいてくる。反射的に、稍は目をつむってしまう。

   智史のくちびるが稍のくちびるに触れようとしたそのとき……ヴヴヴッと振動音がした。

   顔を起こして、智史はポケットをまさぐってスマホを取り出す。

「……渡辺か」

   ディスプレイを見た智史が、めんどくさそうにごちた。

   だが、ちょうど左にコンビニがあったので、車をそこの駐車場に入れる。

——麻琴さんから……なぜ?

   振動音は切れることなく、続いていた。

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