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Chapter 9
対峙 ⑦
しおりを挟む「あたしがこんなこと言う資格はないけど。……稍にも栞にも、しあわせになってほしい」
そして、智史の方を向いて、
「稍のこと、よろしくお願いします」
みどりは頭を深々と下げた。
稍が褒められるのと同じ「きれいなお辞儀」だった。
「智史……これもおれが言えた義理やないけど」
洋史が自虐的に嗤う。
「登茂子は——おまえのかあさんは、あんなふうに強う見えても案外弱いとこがある。……かあさんを頼むわ」
智史はこくり、と肯いた。登茂子がごくたまにではあるが、酒で気を紛らわせているときがあるのを知っていた。
「それから、男っていうのは、命をかけてでも守らなあかん人のためやったら、どんだけでも力が出るし……どんな我慢もできるもんやからな」
そして、洋史は息子の顔をじっと見据えた。
「おれがおまえのかあさんにさせてしもうた、あのような思いだけは、稍ちゃんにさせるなよ」
「必ず、しあわせにすると約束します」
智史は神妙な面持ちで告げた。それは、稍の父親にも告げた言葉だった。
シンプルだけれども——稍の心を打った文言だ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「……少しは『復讐』できた?」
前を向いて運転する智史の横顔に、稍は尋ねた。
「ん……まぁ……面と向かったら……言いたいことも言われへんもんやな……」
前を向いたまま、智史は言葉を選びながら答えた。
智史の「復讐」であったはずの「再会」だが、出だしこそはなかなかのものだったものの、途中からは「みどりの独壇場」になってしまった。
——あの人は「流される人生」って言うてはったけど……
子どもの頃の稍が抱いていた、みどりへの印象はそうではなかった。
母親はいつも父親の話を「うん、うん」と聞いているようでいて、いつの間にか自分の思うようにしていたからだ。
——たぶん、無意識でやったはるねやろうけど。
男の人は、そういう女の人に弱い。智史もそんなみどりに「してやられた」のかもしれない。
「うちのオカンはな……親父をハメて結婚したらしい。おれを身籠ったのは、避妊に失敗したんやのうて『確信犯』やったそうや。何年つき合っても、親父にはまったく結婚してくれる気配がなかったらしい。子どもでもできたら、親父が『責任』取って結婚してくれるんとちゃうか、って思いつめたんやそうや」
——そのくらい、結婚したかった相手やったんや。
「おれが中学生の頃、親戚のおっさん——和哉さんの親父と話しとったんや。『やっぱし、あんなことしてまで結婚したバチが当たってんやろうな』って」
智史は、車間距離の開いた少し遠くの車を見つめて言う。
「おれは、おまえの家がうらやましかった。うちは冷え冷えしてたからな。オカンはいつも仕事に追い立てられてて、余裕がなくカリカリしてて、おれは学校行事すら言い出せへんかった。そんなとき、なんにも言わへんのに遠足や運動会の弁当をつくってくれたのは、おまえのオカンやった」
一見不器用そうなのに、気がつけば人が望むものを手にしているのは、実はみどりみたいなタイプなのかもしれない。
そして、なんでもできて器用そうに見えるのに、最終的に貧乏くじを引くのは登茂子みたいなタイプなのかも……
——あたしは、どちらになるんかなぁ?
今のあたしはどちらにも達してない「偽装結婚の相手」で「セフレ」やけど……
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