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Chapter 9
対峙 ③
しおりを挟むそう言ったきり、みどりは絶句した。最後にわが子の姿を目の前で見たのは、娘がまだ小学生のときだった。
「どうした、みどり……」
奥から「智史の声」がして、玄関に現れたのは智史の父親の洋史であった。
「……まさか……稍ちゃんか?……二人で来たんか?」
こちらもそれを言ったきり、絶句している。彼らには稍が来ることは知らされていなかったようだ。
智史の出会い頭の「ジャブ」は「カウンターパンチ」並みの威力を発揮した。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
リビングに通されて、稍と智史がカウチソファに並んで座る。
智史の父が淹れたカフェオレが供された。やっぱり、稍の淹れるカフェオレとほぼ同じだった。
それから、稍たちが手土産に持ってきた華丸百貨店の神戸店のデパ地下で買ったモ◯ゾフのプリンを、みどりがローテーブルに置いた。
しかし、相変わらずガラスの容器には入っていたけれど、あの頃のデザインではなかった。
そして、目の前の一人がけのソファにそれぞれ腰を下ろした彼らの姿を、稍も智史も改めて見た。
二十年以上も会わなかったうちに、さすがに彼らは歳を経ていた。
彼らが互いの家族を捨てて神戸を出たのは、ちょうど今の稍と智史の頃だった。
みどりと洋史は、稍と智史に自分たちの「過去」を見た。
稍と智史には、みどりと洋史が自分たちの「未来」を見るようだった。
そのくらい——彼らは似ていた。
「明日から仕事やし、今日中に東京へ戻らなあかんから、早速、わざわざ今回神戸に来た用件を言うけど」
智史が口火を切った。
「……稍と結婚する」
そして、胸ポケットから封筒を出して中から用紙を取り出し、ソファの前のローテーブルに広げた。稍と智史が書いた「婚姻届」だ。
「あんたらに『証人』になってほしい」
智史がきっぱり告げた。言葉遣いは「依頼」だが、その口調は「命令」だった。
みどりがふるふると、震え出した。
「……登茂子は……なんて言うてるの?」
洋史も膝の上に乗せた拳を、ふるふる震わせている。
登茂子は夫をみどり奪われた上に、息子をみどりの娘に取られることになる。
だが——「元凶」の彼らに、稍と智史の結婚を反対する資格はない。
「『夫どころか一人息子にまでコケにされるなんて』って、怒ってたな。『父子揃って、そういうお顔がお好みなんやってことは充分わかったわ』とも言うてた。そして、『あんたらが婚姻届を役所に出すのは勝手やけど、わたしがあんたらを認めることは絶っ対にない』と言い切っとった」
智史は口の端を歪めて言った。
「でも、おれは『あの頃』からずっと、大人になったら稍と結婚する気でおったからな。稍とはこの歳になってやっと再会できたんや。ここまで育ててもろたオカンには悪いけど、稍とまた離れ離れになるくらいやったら……オカンとの縁を切ってもええと思うてる」
そして、リビングに入ってからは解かれていた稍の手をがっちりと握り「恋人つなぎ」した。
「稍のお父さんにも挨拶に行ってきた。案の定、あんたらのことで猛反対されてる。……せやけど、稍もたとえ親不孝と言われても、おれと結婚できるんやったら、お父さんと縁切ってええと言うてる」
——また「ウソ設定」やん。いつ、だれが、そんなこと言いましたか?
智史の母親の激怒りは事実だが、稍の父親は別にそこまで反対はしていない。自身の若妻のことで手いっぱいだからだ。
——だーかーらぁー、そういう「設定」やったら、予め言うといてよっ!
稍は心の中でめいっぱい智史に毒づいたが、表面上は健気にも智史を見つめて、しっかりと肯いておいた。
「偽装」がバレては元も子もない。すべては智史の「復讐」のためだ。たとえウソ設定でも「心は一つ」なのだ。
すると、智史が蕩けるような笑みを浮かべて、稍を熱く見つめた。
——おっ、智くんの「役者魂」に火がついたな。
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