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Chapter 8
帰郷 ⑥
しおりを挟む「必ず、しあわせにすると約束します」
それは、シンプル過ぎるほどの文言だったが、却って稍の心を打った。
稍も矛を収めて、あわてて同じように頭を下げる。
「おとうさん、お願いします。智史さんと結婚させてください」
しばらくすると、周囲の人たちも人生の節目の「儀式」に気づいたのか、稍たちのテーブルをちらちらと見始めた。
「……ふん、頭上げろ。おれがすっかり悪者になっとるやないか」
巧が気弱に苦笑していた。
「おれも結花の実家では、智史君の立場やからな。……勝手にしろ。おれは自分のことで手一杯や。とうに三〇過ぎたヤツらのことなんか知らんわ」
どうやら、栞に対する「当てつけ」ではないかというのは考え過ぎだったようだ。
巧は「普通」に結花を「人生の伴侶」として選んでいた。
そのとき、テーブルの上に置いていた稍のスマホが、ヴヴッと震えた。
L◯NEの通話だった。ポップアップには【栞】とあった。
「もしもし……栞ちゃん?どないしたん?」
なかなか姿を現さない中での、この通話である。事故にでもあったのではないか、と稍は気が気でなかった。
『あ、おねえちゃん……ごめん。そっちには行かれへんようになってしもうてん』
「ええっ、なんでっ? 会いたかったのにぃ」
稍は一旦スマホを離して二人に言った。
「栞、来られへんようになってんてぇ」
残念なあまり、稍の顔が曇る。
「ええっ⁉︎ ウソやろっ⁉︎ なんでやねんっ⁉︎」
だが、一番驚いてがっかりしたのは、智史だった。稍はムカッ、として智史を鋭く睨んだ。
稍はスマホに戻る。
「栞ちゃん、なんでなん?会うの、楽しみにしてたのにー」
『うん、おねえちゃん、ごめんなぁ。あの……先生が……その……急な仕事で……離してくれへんくって……』
なにやら、理由はごにょごにょ言っていたが、稍は作家先生との仕事の都合なのだと察した。
——ああいうフリーランスの人って、GWとか関係ないもんなぁ。
稍は妹に同情した。クリエイティブな人をサポートするのは結構たいへんかもしれない。
「わかった、わかった。……あ、智史……栞と話したい?」
がっかりしている智史に「塩を送る」。
「えっ、い、いいのか?」
智史の顔がぱあぁっと明るくなる。
速攻で稍は撒き散らした塩を回収したくなった。やけっぱちで智史に「ほれっ」とスマホを渡す。
『……えっ、うそっ……「智史」って、もしかして……なぁ、なんで、そこにいたはるん?』
栞にも、智史との「結婚」は知らせていなかった。
『……ほっ、本当に話すのん?……こっ、心の準備がっ……』
スマホの向こうでは、いきなりのことに栞がテンパっていた。
なんといっても、この兄妹が最後に会ったのは二十年以上も前なのだ。栞に至っては、まだ乳幼児であった。
「……も、もしもし……」
低いはずの智史の声が、若干、上擦った。
だが、しかし——
ピッ、という軽快な音とともに、突然、通話が切れた。
智史が青ざめた顔で、稍にスマホを返す。稍は再度かけ直す。
ところが、通話に出ないどころか、トークを送っても既読にならない。電源自体を落としてるようだ。
「おれ、栞に嫌われてるのかもしれへん……」
今、高層階にいるのであれば、速攻で身投げしそうなほど暗い声で、智史がつぶやいた。
「うーん……急に充電がなくなってしもたんかもよ?」
稍はトークで【どしたん?なにかあったん?】というメッセージを送りながら、落ち込む智史を慰めた。
「……なんや……おまえら……全部、知っとったんかよ……?」
その状況を黙って見ていた巧は、全身の力がすっかり抜け落ちてしまい、ソファの背もたれに身体を預けきっていた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
その後、稍の父親は愛する若妻の元へ帰って行った。
去る間際、ぽつり、と言った。
「正直言うて、正月のときの稍には、嫁に行くっていう実感が湧かへんかった。……せやけど、今日の稍を見てたら、『おれがなにを言うてもおまえは嫁ぐ気やねんな』って初めて思うた」
その寂しげな表情こそ、娘を男手ひとつで育ててきた「花嫁の父」の顔だった。
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