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Chapter 8

帰郷 ③

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   その墓前に花を手向け、線香に火を点けたあと、稍と智史は並んでお参りした。

   「その人」は、稍の母親の実家の墓で永遠の眠りについていた。

    駐車場に車を停めたとき、智史の家の墓もここにあったのか、と思った。

   しかし……違った。

   智史は「その人」の名を挙げ、『その墓までおれを連れていけ』と言った。

   こうして一緒に墓参りしていると「偽装」のはずなのに、本当にご先祖様に「結婚報告」しているみたいだ。

——たぶん「その人」には、すべてお見通しなのだろうけれども……

   そして、今二人で墓掃除をしていた。なんだか、最近二人で掃除ばかりしている。


「……なんでここに来たいと思ったん?」

   水で濡らした墓石をタオルで拭いながら、稍は尋ねた。

「ここに墓があるっていうのは知ってたんやけど、一度ちゃんと墓参りに来なあかんな、とはずっと思ってたんや。……一応、この道でメシを食うきっかけを与えてくれた人やからな」

   智史は墓石の裏側の方を拭っていた。「その人」の名が彫られた文字を見る。生を受けた神戸の地を小学生の頃に離れて以来、遠ざかっていたのは智史も同じだった。

   表側にいた稍は、智史のいる裏側に回って、墓石に刻まれた「その人」の名前を指でなぞった。

   「八木 さとし」と彫られていた。稍の叔父の名前である。享年は「二十一才」とあった。

   命日は、あの地震の日であった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   当時、神戸大学しんだいの工学部の学生だった彼は、灘区にある二階建ての文化住宅のようなアパートで一人暮らししていた。大学に通いやすい立地だった。

   姉である稍の母親は、弟がちゃんとごはんを食べているかどうかが気になった。だから、結婚して須◯区に建てた家に彼をよく呼んだ。

   叔父は本とマンガとパソコンが好きな人で、収集するのが好きなコレクターだった。塾の講師のバイトをしていた彼は、学生の割に羽振りがよかった。

   稍の家にもいくつか持ってきていたM◯cなどの「ヴィンテージ」PCを、楽しそうに自分でメンテナンスしている姿が、稍には今でも目に浮かぶ。

   そして、その横には、いつもうらやましそうに見つめる智史の姿もあった。彼が稍の家に来た、と聞きつけると、並びにある自宅から飛んで来た。

   小学生だった智史は級友たちから「さとふみ」と呼ばれず、「さとし」と呼ばれていた。
   稍も「さとふみくん」とは言いにくいから「さとくん」と呼んでいたくらいだ。「さとし」という名の叔父とは、親近感があったのだろう。

   だけど、叔父が大切に「育てて」いたヴィンテージPCは、子どもたちには触らせてくれなかった。

   しかしある日、「これやったら、ガンガン使って壊してしもうてもかまへんで」と持ってきてくれたのが、MS-D◯SがOSの中古のパソコン「Wind◯ws3.1」だった。

   電源を入れても真っ黒なまんまの画面に、浮かび上がる白い文字に、稍も智史も夢中になった。
   特に智史はあっという間に、入っていたBAS◯Cを使って、プログラミングまでするようになった。


……あの日の早朝、五時四十六分。

   地面の奥から突き上げられたとてつもない衝撃によって、聡の住む古い木造アパートは、一瞬のうちに倒壊した。

   一階の自室で寝ていたと思われる彼は、突然落ちてきた二階部分によって、押し潰されて死亡した。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……聡にいちゃんは、あの頃のおれにとって、どんな戦隊モノより『ヒーロー』やった」

   智史が墓石の彼の名を見つめて、ぽつり、と言った。

「おれも、おまえも……とっくに『にいちゃん』の歳を超えてしもうたな」

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