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Chapter 8

帰郷 ②

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「もともと、TOMITAでは車をつくる現場とシステム開発部門との乖離かいりはなはだしいな、とは思うてたんや。そんなときに、母方のばあさんの葬式で従兄いとこと再会した」

   それが魚住課長だ、と智史は言った。智史の母親、登茂子の兄の息子である。
   だが、魚住の親が離婚したあと母方に引き取られて以来、疎遠になっていた。

——そういえば、あの切れ長の目が課長とよう似たはったなぁ。

「それで、TOMITAのことについて相談したら『うちの会社の社長に会うてみぃへんか?』って誘われて、ステーショナリーネットの葛城社長に会うことになった」

   葛城社長を一目見るなり「新しい人」だと、智史は感じた。この人の傍でこれから変わりゆく「新しい世の中」を見てみたい、と思った。

   のちに、MD課のチームリーダーとしてスカウトするときに、石井にそのことを話した。
   すると、石井が『僕もそう思って親会社の萬年堂には行かず、こっちに来ました』と言って、にやり、と笑った。

「それで、ステーショナリーネットに転職した。今まで目には見えへんシステムを相手にしてきたから、今の『ものづくり』をする仕事はおもろいな」

   少年のような表情をした横顔を、稍は見つめた。


「……おれがステーショナリーネットに入った経緯いきさつとか、魚住課長……和哉さんとは従兄弟いとこ同士なこととかは、麻琴は知らんからな」

   ちょうど、信号が赤になった。ハンドルを握る智史が、稍の方を見る。

「社内で知ってんのは、社長と和哉さんと石井くらいやな。石井は社長の従弟いとこで、ゆくゆくは『社長の右腕』として重役になるからな。ほんで……おまえや、稍」

   まっすぐに見つめられて、稍は思わずたじろぐ。

「で…でも、あたし……智くんが麻琴さんのこと呼び捨てにしてんの、ちょっと気になる」

   不意に、稍の口から思ってもみない言葉が飛び出した。

——あ、あたし、なに言うてんねやろっ⁉︎「偽装」で結婚する相手なだけやのにっ!

   稍は自分でもワケがわからなくて、あわてふためく。智史もさすがに驚いた顔をしていた。

   でも、すくに目を細めて、
「わかった……もう呼び捨てにはせえへん」
と、稍の頭をぽんぽん、とした。

   そのとき、信号が青に変わった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   車はいつの間にか、市街地を抜けていた。時折カーブのある坂道をどんどん上がっていくにつれ、両側に青々とした自然の木々が彩る景色があふれてくる。

   神戸は北へ上がれば六甲山系の山側、南へ下れば瀬戸内海に面した浜側に行き着く。坂道を上っていくということは、北上しているのだ。

   神戸は稍が生まれた街だが、小学生の頃に離れて以来、訪れることはほとんどなかった。だから、土地勘というほどのものはない。

   だけど、この道がどこへ向かっているのかはわかった。

   今年の正月、帰省した際にたった一人でバスに乗って訪れたからだ。婚約者だった野田は、どうしても連れてくる気にはなれなかった。

「あっ、あそこにお花屋さんがあるから」

   行き先を察した稍が指で指し示したそこは、小洒落た花屋ではなく市の管理事務所だった。そこの一階で必要なものを買って、また車に乗り込み、駐車場へ向かう。

   もうそこは、神戸市立鵯越ひよどりごえ墓園だった。

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