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Chapter 7

試練 ⑥

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   ヴヴヴ…と智史がはいていたディーゼルのカーゴパンツのポケットから、バイブ音がした。

   だが、智史は気にも留めず、稍の滑らかで弾力のある肌に、我を忘れて夢中になっていた。

   ポケットの中の音が、鳴り続ける。切れる気配はない。

「さ…智くん……で…電話……鳴ってる」

   かろうじて突端が隠れるだけになっていたブラトップの胸元を押さえて、稍が言った。

   智史はちっ、と舌打ちして、
「……気にすんな」
   稍が押さえた手をふりほどいて、今度こそカップを完全に引きずり下ろそうとする。

「電話……出て」
   けれども、稍の「ガード」は堅かった。

   はあっ、とため息をついて智史は起き上がり、ポケットを荒々しくまさぐってスマホを取り出す。それでも、まだ稍を跨いだままだ。

   発信者の名を見て智史は顔をしかめた。
ぽつり、とその名をつぶやく。

「……麻琴」


   すると、智史は「……悪い」と言って、すっと稍から離れ、立ち上がった。

   そして、スマホをタップし、電話に出る。

「麻琴……何の用だ?」
   会社での彼の定番の、氷点下の標準語だ。

   そのまま、智史はスマホで麻琴と通話しながら、リビングを出て行った。


   リビングに残された稍はブラトップのストラップを直し、放り投げられていたオフショルダーを「回収」して再び着た。

   スタイルフリーの残りを、くぅーっと一気に呑んだ。それから、ローテーブルに広げられた空の缶や焼きとりの竹串を片付けた。

   それから廊下に出ると、智史はまだ麻琴と通話していた。

「……いつから、って、おまえよりもずっと昔から知ってる女だ。幼なじみだからな」

   たぶん「結婚」する相手のことを聞かれているのであろう。察しのよい彼女のことだから、突然すぎる話の不自然な点に気づいたのかもしれない。

   麻琴は、ステーショナリーネットでの稍の不審な点に関しても疑惑を抱いていた。

「今すぐなんて……行けるわけないだろう?……おまえ……そんな面倒な女だったっけ?」

   智史は呆れた口調で言ってから、ため息を吐いた。完全に「青山」になっていた。

「それに、おれは明日、結婚する相手を連れて神戸に帰るんだ」


   たぶん、麻琴は今までの「セフレ」だった「物分かりのいい女」をかなぐり捨てて、智史に電話してきたのだろう。

   彼女のような「高嶺の花」にとって「ハイスペック」な智史は、だれもが「納得」できる相手だ。

   きっと、当初は「セフレ」の「都合のよい女」からスタートしたとしても、そのうちに自身もまたハイスペックだし、さらに惜しみなく「女を磨く」ことによって、いつか必ず智史を振り向かせることがてきると思っていたに違いない。

   だけど突然、智史から「ほかの女」しかも「幼なじみ」と結婚するから今までの関係を清算してくれ、と言われてしまった。
   麻琴にとっては、まさに青天の霹靂である。

   「いい女」キャラでつき合ってきた手前、いったんは引き下がったものの、やっぱり納得がいかない。
   そうだ、もしかしたら「本当の気持ち」を告白したら「そうだったのか…」とわかってくれるかも……と、稍は推察する。

——甘いわ、麻琴さん。男の人は「最初」が肝心なんだわ。

   どんなに「いい女」であっても、その男にとっていったん「セックスするのに都合のいい女」となってしまえば、「昇格」するのは至難の業なのだ。

——ヤバい、ヤバい。また、流されるところやった。

   稍は気を引き締めた。「他人ひとの振りは見てみるものだ」が新たな稍のポリシーに加わった。


   廊下ですれ違いざま、智史に口パクで「寝」「る」と告げる。

   すると、智史がギョッとした顔になった。どうやら「青天の霹靂」らしい。

   普段は憎たらしいくらい鉄仮面のヤツでも、据え膳を喰らう前にいきなり取り上げられたらこんな顔になるんだ、と思うとおかしくなってきた。

   しかし、スマホの向こうではまだ麻琴がなにか話している。

「……だから、麻琴……それは……」
   すぐに稍から背を向けて、話を再開させている。

——ふーん、あたしが通りかかっても、切らんとまだ話し続けるんや。

   稍は気づいていなかったが、その顔は般若の面のように怖ろしい形相をしていた。智史がギョッとした顔になったのには、そのせいでもあったのだ。


——後ろから、飛び蹴りしたろか⁉︎


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……稍……もう寝たんか?……先刻さっきの続きは?」

   ベッドに入ってきた智史が、稍の顔を覗き込む。

「稍……起きろよ」

   智史が稍のくちびるに、ちゅっ、とキスをする。

「今夜も我慢させる気か?」

   せつなげな目で稍を見つめ、やわらかな髪をやさしく撫でる。

   今度は深いキスを試みた。稍のくちびるを舌でつついて、無理矢理にでもこじ開けようとする。

   だが、稍は寝息を立てたまま、そのくちびるは天の岩戸のように閉ざされたままだ。

   はあぁっ、と智史は深いため息をついた。

——麻琴のヤツ、よりによってあんなタイミングで電話してきやがって。


「……稍、神戸では容赦せえへんからな」

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