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Chapter 7

試練 ④

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   マンションに帰ってきて、扉を開けた瞬間、稍がほぉーっと、息をつく。

「……疲れたやろ?」

   そう言った智史の顔にも、疲れが滲み出ていた。母親の前で稍に振り撒いていた、やわらかな笑顔は微塵もない。

「うん……疲れた」
   稍は気弱に笑った。

   華丸のデパ地下で、今夜の食糧を確保してきたから、夕飯の支度に手を抜けるのがせめてもの救いだ。そんなに食欲があるわけではなかったが、さすが「味の華丸」のデパ地下のお惣菜である。稍も智史もしっかりと平らげた。

   明日の午前中に収納家具が届く予定なので、また「片付け」が始まる。今度は稍が持ってきた分もある。

   今日は疲れたことだし、稍も智史も早々に(もちろん別々に)風呂を済ませて、ベッドに入った。

   やっぱり稍は、速攻で子どもの気配を漂わせ眠りについた。

   それをまた、隣で顔をしかめて苦々しげに見つめていた智史も、いつの間にかまぶたが落ちていた。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   翌朝、稍が目覚めると、また智史は隣にいなかった。日課のランニングだった。

   稍が朝食の支度をしていると智史が帰ってきて、シャワーを浴びたあと一緒に食べる。

   午前中に収納家具がやってきて「物置」部屋の壁一面に、まるで造り付けかのごとく収まった。
   それからは、一心不乱に所定の位置に物を入れる。

   合間に稍の天沼のマンションに戻って、荷物を運び出す。

   マンションの地下駐車場にある智史の愛車、メル◯デス・ベンツGLAを出してくれた。メル◯デスのSUV車の中ではコンパクトなサイズで人気の車だ。都内で乗るにはちょうどいい。

「稍……今度、車で温泉にでも行くか?」
   智史が前方を向いたまま言う。

   普段は忙しくて「今はサンデードライバーや」と言いつつも、早く行けるのにと思った道が一方通行だったりして運転しにくい都内でも、スムースなハンドルさばきだ。

「えっ……ええのん?」
   稍の顔がぱっとほころぶ。

「おう、雰囲気が変われば、おまえも素直になって、おれとキス以上のことをしとうなるやろ?」

   稍は完全スルーした。

   そのあと、稍のマンションの解約の手続きをするために不動産屋へも寄った。
   なぜか店の人から「ご主人」と呼ばれた智史が、稍の代わりにてきぱきと処理していた。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   なんとか神戸へ行く前日までに、片付けは終わった。すべてをやり遂げたとき、稍と智史はハイタッチした。

「祝杯あげようや」

   智史が冷蔵庫からア◯ヒスーパードライを取り出して、数日前からは信じられないくらいキレイになったリビングへ向かう。

「いいねぇ~♪」
   稍が冷蔵庫から取り出したものをレンジでチンする。

   風呂も済ませたし(もちろん別々に)、あとは寝るだけだ。どうせ寝顔も見られてるし、智史の前ではすっぴんも気にならなくなった。

   ア◯ヒスタイルフリーと一緒に「それ」をリビングへ持って行くと、すでに智史が呑んでいた。

「お酒だけって身体からだに悪いやん」
   隣に腰を下ろしながら稍が言うと、
「……おれは夕食のあとは食べへん主義や」
   智史はスーパードライをまた、くうーっと呑む。

   稍にはそんな主義はないので、心置きなく「それ」を串から「直」に頬張る。
   フ◯ミマの炭火焼きとりのもも塩だ。夕食前、ビールを買いにコンビニに行ったときに、ついでに買っておいたのだ。

——うぅーん、やっぱ、デカくて旨いっ。

   稍はスタイルフリーの缶のまま、くぅーっと呑む。喉をしゅわわーーっと、下っていく。この世の天国、極楽だ。

「……おまえ、それ、えらい旨そうやな」

   そう言った智史が、次の瞬間、炭火焼きとりのもも塩をパッと奪った。

「あ…あああぁ……っ⁉︎」

   稍はすぐに手を伸ばしたが、もう遅かった。串の奥に脂身の少ない部分があってたどり着くのを楽しみにしていたのに、今やすでに智史の口の中だ。

「さ…智くん、ひどいっ」

   稍は口惜しくて泣きそうだ。

「食べへんって言うたのにっ。それに、ほしかったら、ここにあるやんっ!」

   稍はガラスの天板の上に置かれた、炭火焼きとりが何本か盛られた皿を指差した。

「おれは、稍が食べてるヤツが旨そうに見えたんや」

   そう言って智史は食べ終わった竹串を、からん、と皿の上に投げた。

——こっ、子どもかっ⁉︎

   稍は辺りを見回して、本気で「凶器」を探した。しかし、キレイに片付け過ぎてしまったあとだった。


   智史はその後も稍が食べる炭火焼きとりを、
「新しいのを食べたらええやーんっ」
という稍の叫び声をものともせず、途中で奪っていった。

   絶望に駆られた稍は、天沼から「連れてきた」無◯の体にフィットするソファ・ミニサイズに突っ伏した。やはり、どんなときも傷心の稍を受け止めてくれる。

   しばらく打ちひしがれていたが、最後に大好物を残していたのを忘れていた。稍は好きなものは最後に食べる派だった。

   ハラミタレだ。一本だけ、売れ残っていたものだ。

——もも塩も、かわ塩も、かわタレも、ももタレも、途中で奪われたけどっ。ハラミタレだけは、死守してやるっ!

   稍はあわてて、がばっ、と起き上がる。
   しかし、惨劇はすでに始まっていた。智史がそのハラミタレを頬張っていたのだ。

——今まで、あたしが手ぇつけたヤツしか食べへんかったやーんっ⁉︎

「なんやこれ、めっちゃ旨いやんけ」

   感嘆の声を発したと思ったら、智史がハラミタレの最後の断片を口の中に入れた。

「あ…あああぁ……っ⁉︎」

   稍はすぐに手を伸ばしたが、もう遅かった。

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