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Chapter 7
試練 ③
しおりを挟む「ふん……あんたは昔っから『ややちゃん』にべったりやったもんね。思い込んだらしつこいのも、父親譲りで腹立つわ」
登茂子が忌々しげに毒を吐く。
「息子なんて、損やわ。あんな痛い思いして産んで、女手一つで育てたったのに、好きな女ができたら恩ある母親なんて、どぉーでもようなるし」
登茂子は定年間際の年齢であるが、どう見てもアラフォーだ。若かりし頃に婦人服のバイヤーをしていただけあって、すこぶるセンスがいい。今も一六八センチの長身を活かした光沢のあるシルバーグレーのパンツスーツを颯爽と着こなしている。
さすが、何人もの部下を従えるクールビューティ、「華丸の女帝」だ。
だけど……その気性の激しさからか、夫でも息子でも「男運」は乏しいようだった。
登茂子は時計をちらり、と見た。いかにも「仕事のできる女」という感じの、黒のクロコ革のカルテ◯エ タンクアメリカンだ。大きなトノーフェイスがよく似合っている。
「智史、わたし今、めっちゃ忙しいねんけど」
切れ長の鋭い目をMAXに光らせて、わが息子をぎろり、と睨む。
「よりによって、GWの書き入れ時に来るやなんて。今の時期は中国も大型連休やって、あんた知ってるやろ?」
それが、息子の「作戦」の一つだった。
「それで……なに?わたしを『不幸』のどん底に陥れるこんなもんを職場で見せつけて『証人になれ』なんて、おめでたいことでも言わはるつもり?」
目の前のローテーブルに広げられた婚姻届を鼻先で、ふふん、と嘲笑う。
「……そうは問屋が卸さへんから。あんたらがそれを役所に出すのは勝手やけど、わたしがあんたらを認めることは絶っ対にないから」
しかし、すぐにその表情は引き締められていた。その切れ長の目は憤怒の色に燃え盛っている。
「……いや、証人になる必要はない。オカンには『報告』に来ただけや。いくらなんでも『一人息子』が知らんうちに、役所に婚姻届出して結婚してたらショックやろうと思てな」
静かに、智史は告げた。
登茂子の片眉が上がり、訝しそうな表情が加わる。
「この婚姻届の『証人』には、別の人らになってもらう。オカンにはそんなことはさせへん」
そう言って、智史は笑った。しかし、その笑みは背筋が凍るほど冷たいものであった。
「連休終わりに、稍を連れて神戸に帰ってくるわ」
勘の良い彼の母親は、ハッとした顔になった。
「智史……あんた……もしかして……」
登茂子にとっては、今日一番の「爆弾」だったかもしれない。
「……邪魔したな、オカン」
母親にみなまでしゃべらせず、智史が席を立つ。
「帰ろか、稍」
一転して、稍にはやわらかい微笑みを向ける。
稍もあわてて席を立ち上がった。そして、深々と登茂子に頭を下げる。母親譲りの「きれいなお辞儀」とともに……
「あ、おれら、もう一緒に住んでるから」
——こいつ、最後に手榴弾まで投げやがった。
「……『麻生』やなくて……『八木』なんや」
智史が稍とはつないでいない片方の手で、器用に折りたたんでいく婚姻届を見て、登茂子がつぶやいた。
「みどり……籍抜いたんや……」
すると、稍が重い口を開いた。
「父に好きな人ができて、再婚したいということで……去年、正式に離婚しました。あたしと栞は母の姓を選びました」
登茂子は、ソファから立ち上がった稍を見上げた。
「稍ちゃんは……知ってるんやね?栞ちゃんの……本当のお父さんのこと」
稍はしっかりと肯いた。
「せやから……栞を、父の姓にはしとかれへん、って思いました。それで、あたしも一緒に『八木』になりました」
「……オカン」
智史が自分の母を見下ろした。
「オカンも……『魚住』に戻れ」
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