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Chapter 7

試練 ②

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「稍と結婚する」

   智史は単刀直入に、何の装飾もなく告げた。

   ただ、そう告げた瞬間、稍と「恋人つなぎ」した手にギュッ、と力がこもった。

「わたしは……前世でどんな因果があったのかしらね?」

   口の端を上げて、その人——青山 登茂子ともこは笑ったように見えたが、その切れ長の目は決して笑ってはいなかった。それどころか、ますます鋭さを増している。

「夫どころか……一人息子にまで『コケにされる』なんてね?」


「……稍、ちょっと悪い」

   智史が「恋人つなぎ」を解いた。

——いやいやいや、ウェルカムですっ。

「どうぞ、どうぞどうぞっ」と気分はダチ◯ウ倶楽部だ。むしろ、緊迫した空気にどうしていいのかわからない稍は、登茂子をイラつかせる「材料」が一つ減ってホッとした。

   しかし、智史が取り出した用紙を見て、また顔がガチガチに強張こわばる。

   二人で書いた婚姻届だった。

——なにも、このタイミングで出さなくても……

   さらに、稍の左手を掴んで手の甲を見せて、薬指に燦然と輝く婚約指輪を、芸能人が記者会見でするみたいにかざした。

——ひいいぃっ、これ以上、あんたのお母さんを「刺激」しやんといてぇっ!

「敢えて、一カラットにせんと『やや』の〇・八八カラットにしてんな?……稍」

   そう言って、智史はとろけるようなやさしい顔で、稍に微笑んだ。だれがどう見ても、智史が稍に心底骨抜きにされていると信じるだろう。

——とっさに、こんな顔ができるとはっ⁉︎ 智くん、あんた役者になれるよっ!

「稍?……緊張してんのか?」

   智史が今度は心配そうに稍の顔を覗き込む。いとおしそうに、片方の大きな手のひらで稍の青ざめた頬を包み込んだ。

——ちょ、ちょっとっ! あんた、自分の母親の前で、なにやってんのよぉっ⁉︎

——それに、顔が近いからっ!そんなに顔を近づけられると、思い出してしまうやんっ。

   リビングで、智史とキスをしたときのことだ。なんだか、つるっつるでふわっふわな、この革張りのソファの感触も似ている。

   たちまちのうちに稍の頬がぽおっと赤くなり、みるみるうちに顔中が真っ赤っかに染まった。
   彼の母親に見られたくなくて、稍は俯いた。

——本当ほんまに……こんな恥ずかしいこと、やめてもらいたい。

   おずおずと上目遣いで智史を見る。自然と、瞳が濡れたように潤んでいた。
   これでは、なにも知らない人からは、まるで稍の方も智史に夢中になっている表情に見えるではないか。


「……あんたら、いい加減にしてくれる?わたしは『被害者』なんやけど?」

   案の定、登茂子はものすごく醒めた表情で、稍と智史を見据えていた。

父子おやこ揃って、そういうお顔がお好みなんやってことは、充分わかったわ」

   さすが母子おやこだ、と稍は思った。顔立ちにさほど面影はなくとも、氷点下な口調が智史にそっくりだったからだ。

——あぁ、お姑さんになってほしくない人ナンバーワンかもしれない。

   稍は心底ビビって、ぶるっと震えた。すると、すかさず智史が、がっちりと「恋人つなぎ」の刑を再執行し始めた。

   たちまち「お義母かあさま」の切れ長の目がブリザードに見舞われる。まるで、雪女だ。

——薮蛇やーんっ。

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