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Chapter 7
偽装 ③
しおりを挟む軽く、啄むようなキスが何度も続く。
稍の背中に回った智史の手に力が込められ、稍の両手が自然と智史の首の後ろに回る。
智史の舌が、稍のくちびるの間をノックする。「開けろ」のサインだ。稍は素直にくちびるを開いた。
互いの舌が溶け合いそうな、激しいキスがはじまった。
くちびるを離したあとの智史を見上げる稍の瞳が、潤んでいて艶めかしい。
「……うちのオカンの前でも、そういう瞳でおれを見てくれよ」
智史は稍の濡れたくちびるを、親指の腹でそっと撫でながら、にやりと笑った。
「なんやったら、部屋もごっつうキレイになったことやし、ここで記念すべき『おれとの初めて』をヤッてもええぞ。……それとも、寝室に戻るか?」
稍は、はっ、と我に返った。
——まっ、また、流されるとこやった。
「なっ…なに言うてんのよっ。あの人たちに『復讐』するための『偽装結婚』やろ⁉︎ 」
稍はのしかかろうとする智史をぐいっと押し退けて、ソファから「脱出」した。
「あぁっ、あんたのお母さんに会いに行くのに、ワンピがシワになるやんかっ!」
「その『覚悟』ができてんねやったら、大丈夫やな。……ほな、おれもそろそろ支度するわ」
智史もソファからすくっと立ち上がる。そして、さもおもしろげに片方の口角を上げて、稍を見下ろした。
——はっ、腹立つぅっ!
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
グレイッシュネイビーのスリーピースにロイヤルクレストのタイを合わせた智史が、デパートの扉をすっと開けて、稍を先に中へ入れる。
そのあまりにも自然なエスコートに、開店と同時に訪れていたオバサマたちが「ほおぅ」とか「ふうぅ」とかの吐息を漏らした。
「……あかん、智くん、あたし緊張してきた」
稍がまた不安げな顔で、智史を見上げる。
「緊張すんのはまだ早いぞ。いきなり、オカンには会わさへんからな。……まずは『偽装工作』からや」
そう言って、いきなり智史が手をつないできた。しかも、がっつり「恋人つなぎ」だ。
稍はびっくりして、すぐに握り合わせた手を振り払おうとした。だが、智史ががっちり握ったまま放さない。
そのまま、煌びやかな売り場が広がるフロアへ進んで行った。
前方から、ダークブラウンの髪にチャコールグレーのスリーピース姿の長身の男が近づいてきた。同世代と思しき、かなりのイケメンである。
稍と智史の前でぴたりと止まり、恭しく一礼する。
「いらっしゃいませ、青山さま、お待ち申し上げておりました」
そして、頭を上げた彼は、稍と智史のがっちりとつながれた「恋人つなぎ」を凝視し、ありえないものを見るかのごとく驚愕の表情を浮かべた。
「うっ……ウソやろ⁉︎」
どうやら、関西出身のようだ。
「すんげぇな。……『ややちゃん』の威力」
稍は恥ずかしさのあまり、再度智史の手を振り解こうとしたが、がっちりと握られたまま、びくともしない。
「おまえ、『お待ち申し上げておりました』って二重敬語でも慇懃無礼やのに三重もつけやがって。バカにしてんのか?」
智史は氷点下の声だ。
確かに「お待ちする」「申し上げる」「おる」と怒涛の謙譲語三連発だな、とはるか昔に眠気眼で受けた国文法の授業に記憶をたどって稍は思った。
「ふん、今日はぎょうさん金落としてくれそうやから、丁寧に挨拶したったっていうのに。文法も知らん客には『敬語』なんて、てんこ盛りしたった方が喜びよんねん。……あ、『ややちゃん』には、そんなこと思ってへんからねー」
にっこりと、王子様のようなノーブルな面立ちで微笑む。
「おまえ、他人の嫁になる女を気安う呼ぶな」
智史の声の温度がさらに下がる。
「おおっ、怖っ、季節外れのブリザードっ」
そう言って「王子様」は自分自身を暖めるように抱きしめた。
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