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Chapter 7

演技 ①

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  それからやや智史さとふみも、無言で黙々と部屋を片付けている。

   そんな中、稍はふと気づいた。
   リビングの足の踏み場もない惨状の「正体」は、衣類以外では仕事の書類に郵便物、そして経済関係の雑誌やシステム関連の書籍などであった。

「……わかったえ、智くん」

   謎を解く私立探偵のように、稍は頭上から人差し指を振り下ろした。

「収納する場所がないから、こんなふうになんねやっ!」

   この家には確かにリビング以外に造り付けの収納スペースがあったが、智史の持ち物に対して比例していないことは明らかであった。にもかかわらず、それらを「補完」するためのチェストや本棚などの家具類が、一切ないのだ。

「あぁ……わかっとる。 人のこと指差すな。失敬な。せやけど、寝室には置きたないし、リビングはソファとかが幅取っとるしなぁ」
  智史が腕を組んで、渋面でごちる。

「そしたら物置にしてる、あの部屋にまとめて置いたらええやん」
   稍は胸を張って提案した。

「……なるほど。おまえ、エラいなぁ。ほな、早速買いに行こか」

   めずらしく智史に褒めてもらい、稍は気をよくして、にこっと微笑んだ。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   午後は片付ける手を休めて、ダイ◯ーシティの品質の良さで定評のある国内の家具メーカーのショールームへ出かけた。こういうときにお台場は便利だ。

   そして、玄関口にある通称「物置部屋」の一面にずらりと並ぶように、同じシリーズのワードローブ、チェストそして本棚を選ぶ。
   圧迫感のないように、壁紙と同じアイボリーにして、店舗に備え付けてあるタブレットでシュミレーションすると、まるで初めから造り付けの収納スペースみたいになった。

   稍は思わず某リフォーム番組で「After」の際にかかる音楽を、♪チャララ~チャラララッラ~ と口ずさんでBGMにした。
   智史からは「……おまえ、音痴か? 何の曲か、さっぱりわからん」と呆れられたが。

   だが、そのあと気を取り直して、隣で長身を屈めてタブレットを覗き込む智史は満足げだった。

「これだけの大容量の収納スペースができたら、あのダンボールの中の本も嫁ぎ先が決まったな」

   稍は「音痴」の件ではタブレットを「犯行」の凶器にしようと思ったが、そのあとの智史の様子を見て、なんとか回避した。

   店員を呼び止めると「新婚さんですか?」と、稍にとっては「余計な」ことを訊かれる。

   智史はTシャツにジョガーパンツ、稍はパーカにスキニーパンツというまったくの「普段着」だったため、気負った「デート」の時期は過ぎた入籍後だと思われたのだろう。

——実際には、デートすらしたこともないんやけどね。

   智史が「近々、入籍します」と、これまた「余計な」ことを答える。「それはおめでとうございます!」と、店員の顔がぱあぁっと明るくなる。

  店員が智史のカードを持って会計をしに行っている間、稍は横目でぎろり、と睨んだ。

「なんで、あんなこと言うのん?」

「アホか、『偽装結婚』の予行演習やないか。
おまえ、練習もせんと親の前でいきなり演技できるのか?」

   智史が、心底呆れた声で言った。


   マンションに戻ると、今朝、世話になったコンシェルジュがいたので、稍は丁重に礼を述べた。

   智史も当然、礼を言ってくれるものだと思っていたら……いきなり、手をつないできた。
   しかも、がっつり「恋人つなぎ」だ。

「近々、入籍しますので、彼女の指紋認証の手配をお願いします」

   ここでも「予行演習」を始めたのだ。

「青山さま、おめでとうございます。それでは、これからは『青山さま』もしくは『奥さま』とお呼びさせていただきますね」

   コンシェルジュはにっこりと微笑んだ。

「指紋認証の件も承りました。こちらがその申し込み書類でございます。生憎、GWでお手続きは連休明けになりますが、手配の方はしておきますので」

   稍は「おめでとうございます」と笑顔で祝福してくれる度に「実は、真っ赤っかなウソっぱちなんですよ…」と思い、なんだか居たたまれなくなってきた。

   だが、隣では智史が「ありがとう。これからも、妻ともどもよろしく」と平然とウソをつきとおしている。

   稍は智史の「人間性」を改めて疑った。

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