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Chapter 6

同居 ②

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「神戸に帰ったら……しおりに、会えるかな?」

   智史の表情が急に和らいだ。心なしか、はにかんでいるように見える。
   「一人っ子」として育った智史にとって、血の通った妹は、栞だけだ。

   稍は智史の鼻筋の通った横顔に、栞の面影を見た。

「うちのおとうさんは神戸に戻らはったけど、栞はまだ京都やねん」

   稍は父親が栞の小学校からの親友と再婚する話をした。

「……去年、ずぅーっと別居してたおかあさんといきなり離婚しはったのは、その子と再婚したかったからみたいやわ」

   三〇歳以上もの歳の離れた相手との再婚である。なにかと「世間」がかしましい京都市内の町家を手放して、かつて住んでいた神戸に戻ったのもそのためだ。すでに祖父母は他界していた。

「ふうん。おまえの親父さん——おっちゃんが『それで、もうええ』って言うんやったら、仕方しゃあないやんけ」
   智史が冷静な判断を下す。

「せやけど……あたしにはなんか、栞への『当てつけ』のような気がしてならへんねんけど」
   稍の表情が暗く曇る。

「別居してからおまえと栞を引き取って、ずっと育ててきたのは、おばちゃんやのうて、おっちゃんやろ? そんなことしはるか?」

「でも、あたしらでも、栞がおとうさんの子やない、って気ぃついてんのよ?」

   確かに、稍の父親が気づかないわけがない、とは智史も思っていた。


「ところでさ……智くんはなんで、このこと知ってんのん?」

   赤ちゃんだった栞と離れたとき、智史はまだ小学生だった。一緒に暮らす中で、父と栞の顔立ち・性格や嗜好の相違などからなんとなく悟った稍とは、触れ合った「歴史」が違いすぎる。

「あぁ……おれが中学生のとき、オカンが親戚のおっさんと、こそこそ話をしとったんを立ち聞きしたんや」
   智史はこともなげに言った。

   自分に妹がいたこと、そしてそれが稍の妹である栞だったこと。……一瞬、まさか稍もか⁉︎と肝を冷やしたこと。

——そのとき受けた衝撃は、だれにも話すつもりはない。墓場まで持っていってやる。

   だから、話を逸らした。

「そんなことよりも……栞をここに呼ぶか?まぁ、『お兄ちゃんとお姉ちゃん』が住んでる『新婚さんの愛の巣』でも栞が構わへんって言うたら、の話やけどな」

——こんな真面目な話してるときに、なに言うてんのよっ!

   稍は完全スルーした。

「あたしも栞には『東京においで』って言うてんけど……」

   稍は栞が今、ある作家のアシスタントのようなことをしている話をした。

「……なんていう作家や?」

   智史はいぶかしげな顔をして、迷彩柄のジョガーパンツのポケットをまさぐって、スマホを取り出した。速攻でググるらしい。

「さぁ?」
   稍は正直に答えた。栞とその作家との取り決めで、名前は明かせないことになっていて、稍にも知らされていなかったからだ。

「おまえっ! アホかっ、ボケっ!たった一人の妹が、どんな作家のアシスタントやってんのかも知らんのかよ⁉︎」

   稍は「アホとボケ」のセットで、智史から盛大に怒鳴られた。
   ステーショナリーネットで机を並べて働いていたときですら、イヤミは言われてもこんなふうに大声で怒鳴られたことはなかった。

——こいつ、栞が赤ちゃんやったときのことしか、知らんくせにっ! 兄貴ヅラしやがってっ‼︎

   智史の、栞に対する妙な「圧」が鬱陶うっとうしい。
   もしかしたら、彼は「妹」という存在に対して、「美しい誤解」をしているのかもしれない。姉妹のいない理系男子にありがちな……

——そっちこそ、アホとちゃう? 二次元の世界みたいに「おにいちゃ~ん♡」なんて、三次元を生きる現実の妹は、ぜぇったいに言わへんからなっ!

   稍は胸の中がムカムカした。

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