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Chapter 6
契約 ②
しおりを挟む二人は、互いのくちびるに触れるだけのキスをした。小学生だった「あのとき」以来、二度目のキスだ。
あのときも「誓いのキス」だと、智史は言った。
二人がそれから二十年以上も離れることになる——前の日のことだ。
互いのくちびるが離れた。
「……おれの記憶が正しければ、おれらはもう、とっくに三十歳を超えとるよな?」
智史が稍の顔を覗き込むように尋ねる。
——いつの間に、声変わりして、こんな低い声になってしもたん? いつの間に、見上げるくらい、こんなに高い背ぇになってしもたん?
そんなことを思いながらも、稍がこくん、と肯く。
智史がにやり、と笑った。
「今さら……こんなガキみたいな甘っちょろいキスで止められるか」
そう言って、稍を思い切り抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと……まっ、待ってよっ」
稍が智史の腕の中でもがく。
「だっ、だって……あたしたち『偽装結婚』とちゃうかったん?」
「『偽装』や言うても、一応『結婚』やからな。一緒に暮らすし。せやから、麻琴を切ってんぞ。……おれが女をほしなったとき、どうすんねん? おまえが『代わり』を務めるのが筋とちゃうんか?」
稍を抱きしめる智史の腕に力が入る。
「そ…そんなん、知らんし。じ…自分一人でなんとか処理しぃよっ!」
稍がいくらもがいても、智史はびくともしなかった。
「アホか。この歳になって、そんな中坊みたいなことできるか。薄情な女やな」
智史は、はぁーっと深いため息を吐いたが、決して腕の力は緩めなかった。
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それが——ただ、怖かった。
「たっ…確かに、あの人なら、そうかもしれへんけどっ!」
稍はそんな思いを振り切るように、思いっきり叫んだ。
「……騒ぐな。やかまし。黙れ」
智史が稍を制す。
だけど、それは今までのような氷点下の声ではなかった。
大人になった稍に対して初めて向けられた——大人になった智史の甘い甘い声だった。
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