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Chapter 6

提案 ⑤

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「ところで、稍……おまえ、無職になってんから、これから家賃とか生活費とかどうするんや?」

——おのれがクビ切ったんやろがっ⁉︎ どの口が言うかっ⁉︎

   とはいえ、確かに、明日からの——いや、今日からの生活を考えるだけでも、気が重ぉーくなる。

   間の悪いことに、マンションが五月末で二年間の契約が切れて更新料が発生するのだ。六月に結婚する予定だったから「ちょうどよかった、ラッキー♪」と喜んでいたのは、今となっては昔の話だ。

   それでなくても、上京してから遠ざかっていた実家には、絶対に帰れない。帰りたくない。
   おまけに今は、妹の栞と同い年の「継母」がいるのだ。一緒になんて暮らせるはずがない。

「おれと『偽装結婚』すれば、一部屋余ってるからそこを使ってええぞ。一応『結婚』する手前、家賃も生活費もすべて稼ぎのあるおれが賄ったるわ。その代わり、おまえは家事全般をやってくれ」

   青山はそう言って「どや?」と不敵に笑う。

——悪魔のささやきやん?
 
「あ、それから、あくまでも『偽装』やからな。籍は入れへんぞ」

   青山は、さも当然のように告げた。

「なぁんやっ!それをよ言うてよっ‼︎」

   稍の顔が、ぱあぁっと明るくなる。

「ということは、ハウスキーパーをしたらルームシェアさせてくれる、っていう話やーん!」

   稍のうれしそうな表情と反比例して、青山の表情が険しくなる。

「おまえなんかと入籍して、おれの戸籍を汚すわけないやろが、ボケ」

   なにかと一言も二言も三言も多くて、しかもそれには毒がてんこ盛りときてる青山と、一緒に暮らすだけでないどころか、結婚生活を『偽装』しなければならないなんて、かなりの不安もあるが……
   背と腹はア◯ンアルファでべったりくっついている以上にかえられないものなのだと、しみじみ思った。

   なので、稍は青山—— 智史さとふみを見上げると、観念したように、ふっと微笑んだ。

「わかった……智くんの『偽装のお嫁さん』になったげるわ」

「おまえはおれに養ってもらう身になるというのに、えらい上から目線やな」
   智史は怒るというよりは、呆れ返ったような声でうめいた。


「そうと決まったら『契約書』や」

   智史はそう言って、テレビボードの引き出しから、薄っぺらい紙を持ってきた。テレビボードの上もいろんなもので散乱していたが、テレビは軽く五〇インチ以上ありそうだ。

   智史はまず、ローテーブルの上の散乱した郵便物の封筒をざーっと適当に端に詰めて「スペース」をつくった。
   すると、ガラスの天板が姿を見せた。

   次に、カウチソファの背にかかったシャツやスウェット類をこれまたざーっと端に避けて、座る「スペース」を確保した。
   すると、シックなブラックの革張りの座面が姿を現した。

「おい、おまえも座れ」

   智史に促され、稍も隣に腰を下ろす。とたんに、ぱふーっと身が沈み込んだ。ふっかふかの座り心地だった。

   だが、ガラスの天板に広げられた紙に目を落として、稍は思わず息を飲んだ。


   薄っぺらい紙は……「婚姻届」だった。

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