偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 5

交錯 ③

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   麻琴は残業を終えるとすぐに、お台場海浜公園の駅近くのタワマンの1LDKの部屋に帰った。

   豚のスペアリブを解凍している間に、アメリカで九〇年以上の実績を誇るミキサー「ヴァ◯タミックス」でイタリアントマトを徹底的に粉砕し、キューブ型に凍らせたスープストックを冷蔵庫から出してきて、旬の野菜たっぷりのミネストローネをつくる。

   解凍したスペアリブは塩胡椒して、玉ねぎなどの野菜と一緒に軽く炒め、スープストック・赤ワイン・調味料と一緒に圧力鍋へ入れた。

「……あとは、前菜にアボカドやチェダーチーズに、冷凍のいくらを散らしたカナッペでいいか」

   青山は夜には炭水化物をほとんど摂らない。せいぜいカナッペのクラッカーくらいだ。その代わり、タンパク質の豊富な料理を好む。

   本当は、牛肉ではなく真鯛などあっさりした白身の魚でカルパッチョをつくりたかったが、青山に「今夜、寄る」と言われてあわてて帰ったため、買い物をしていない。

   麻琴は「そうだ、明日からGWだし、とっておきのワインでも開けちゃおうかなぁ」と、パントリーにしている収納棚を開けた。

   激務の青山は時間が空いたときに「今晩、寄るから」と言って、麻琴の部屋にふらっとやって来る。
   だから、麻琴は一見手の込んだ料理がいつでも出せるよう、休みの日に透き通るような黄金こがね色のスープストックを準備していた。

   このスープストックと圧力鍋が、麻琴の強い味方である。


   麻琴がこんなふうに料理をするようになったのは、二〇代の頃に手痛い失恋をしたからだ。

   それまで周囲の男たちから「高嶺のお姫さま」として崇め奉られてきた麻琴が、初めて、自分から向かっていった恋だった。

   見返りがないかもしれないのに、バレンタインの本命チョコもクリスマスプレゼントも誕生日バースデイプレゼントもあげた。
   そして、勇気を振り絞って「お礼をください」と催促し、何度かデートもしてもらった。

   生まれて初めて、自分から「好きです」と告げた相手だった。

   だけど、結局、相手からは「ありがとう」以上の言葉をもらうことができなかった。それどころか、いきなり現れたひとに、あっという間にかっさらわれてしまった。

   麻琴はその思いを振り切るために「最後だから」と無理を言って、その男と呑みに行った。
   そのとき、酔った勢いで「どうして自分ではダメだったのか」を訊いた。

   だが、男は「較べるものじゃないから」とお茶を濁した。

   麻琴は質問を変え「彼女のどこに惚れたのか」を尋ねた。
   すると、男は間髪入れずに答えた。

「……料理、かな」

   普段クールな男の頬が、すっかり緩んでいた。


   当時の麻琴の食生活は、ほぼ外食だった。東京生まれの東京育ちであるが、当時の勤務地が大阪支社で、当たり外れのない店が多かったということもある。家ではインスタントやレトルトのものしかつくったことがなかった。

   その後、激務の仕事の合間に、麻琴はクッキングスクールへ通うようになった。すると、分量と手順を守れば、出来上がりと味にきちっと反映される料理のおもしろさに目覚めた。

   今、あの頃よりもますます激務になっていく仕事がありながら、麻琴はクッキングスクールの最上級者クラスを受講している。

——もう、あんな思いだけはしたくない。

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