53 / 150
Chapter 5
交錯 ③
しおりを挟む麻琴は残業を終えるとすぐに、お台場海浜公園の駅近くのタワマンの1LDKの部屋に帰った。
豚のスペアリブを解凍している間に、アメリカで九〇年以上の実績を誇るミキサー「ヴァ◯タミックス」でイタリアントマトを徹底的に粉砕し、キューブ型に凍らせたスープストックを冷蔵庫から出してきて、旬の野菜たっぷりのミネストローネをつくる。
解凍したスペアリブは塩胡椒して、玉ねぎなどの野菜と一緒に軽く炒め、スープストック・赤ワイン・調味料と一緒に圧力鍋へ入れた。
「……あとは、前菜にアボカドやチェダーチーズに、冷凍のいくらを散らしたカナッペでいいか」
青山は夜には炭水化物をほとんど摂らない。せいぜいカナッペのクラッカーくらいだ。その代わり、タンパク質の豊富な料理を好む。
本当は、牛肉ではなく真鯛などあっさりした白身の魚でカルパッチョをつくりたかったが、青山に「今夜、寄る」と言われてあわてて帰ったため、買い物をしていない。
麻琴は「そうだ、明日からGWだし、とっておきのワインでも開けちゃおうかなぁ」と、パントリーにしている収納棚を開けた。
激務の青山は時間が空いたときに「今晩、寄るから」と言って、麻琴の部屋にふらっとやって来る。
だから、麻琴は一見手の込んだ料理がいつでも出せるよう、休みの日に透き通るような黄金色のスープストックを準備していた。
このスープストックと圧力鍋が、麻琴の強い味方である。
麻琴がこんなふうに料理をするようになったのは、二〇代の頃に手痛い失恋をしたからだ。
それまで周囲の男たちから「高嶺のお姫さま」として崇め奉られてきた麻琴が、初めて、自分から向かっていった恋だった。
見返りがないかもしれないのに、バレンタインの本命チョコもクリスマスプレゼントも誕生日プレゼントもあげた。
そして、勇気を振り絞って「お礼をください」と催促し、何度かデートもしてもらった。
生まれて初めて、自分から「好きです」と告げた相手だった。
だけど、結局、相手からは「ありがとう」以上の言葉をもらうことができなかった。それどころか、いきなり現れた女に、あっという間にかっ攫われてしまった。
麻琴はその思いを振り切るために「最後だから」と無理を言って、その男と呑みに行った。
そのとき、酔った勢いで「どうして自分ではダメだったのか」を訊いた。
だが、男は「較べるものじゃないから」とお茶を濁した。
麻琴は質問を変え「彼女のどこに惚れたのか」を尋ねた。
すると、男は間髪入れずに答えた。
「……料理、かな」
普段クールな男の頬が、すっかり緩んでいた。
当時の麻琴の食生活は、ほぼ外食だった。東京生まれの東京育ちであるが、当時の勤務地が大阪支社で、当たり外れのない店が多かったということもある。家ではインスタントやレトルトのものしかつくったことがなかった。
その後、激務の仕事の合間に、麻琴はクッキングスクールへ通うようになった。すると、分量と手順を守れば、出来上がりと味にきちっと反映される料理のおもしろさに目覚めた。
今、あの頃よりもますます激務になっていく仕事がありながら、麻琴はクッキングスクールの最上級者クラスを受講している。
——もう、あんな思いだけはしたくない。
0
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる