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Chapter 5
白日 ⑤
しおりを挟む——はっ⁉︎ クビって?
——五月のお給料が少ないどころか、ゼロになってしまうっ⁉︎
——こないだカードで支払いした分、どないしょっ⁉︎
茫然自失する稍に、青山は追い打ちをかける。
「なにが『八木 梢』や。会社に『偽名』使いやがって。わが社の就業規則および服務規程に抵触するからな。もちろん、派遣契約してる先ともどうなるかな? 覚悟しとけよ。それに、このIDカードは会社が税務署や地方自治体に提出する給与支払報告書とかに連動してんねんぞ。おまえは公的機関までも欺いてることになるな」
「えぇーっ⁉︎ せやけど、そもそも間違うたんは、そっちの会社やんかぁーっ!」
稍は泣きそうになりながら、首にかけられたネームホルダーを持ち上げ、IDカードを見せる。
「騒ぐな。やかまし。黙れ」
青山にぴしゃり、と制される。
「おまえ、小学生の頃、しょっちゅう『梢』って間違われとったがな。記憶力のええおれが忘れたとでも思ったか、アホ。だいたい、誤発行されたことに気づいた時点で申し出るのが、社会人としての常識やろうが」
ちらりとカードを見た青山は、にべもなく言い放つ。
「そんなぁ……どうせ三ヶ月だけの契約やねんから、あと二ヶ月くらい見逃してよっ。派遣登録して初めての会社と揉めた上に切られたりしたら……もう仕事来ぃひんようになるやんかぁ。そしたら、生活していかれへん」
稍は手を擦り合わせて懇願する。
「知るか、自業自得やろ」
稍はやり切れないながらも、青山の言うことがいちいち正論なので、やり込められる。
「それに……渡辺が怪しんどったからな。このまま働いても、バレるのは時間の問題やぞ」
——ええぇっ⁉︎ あの親切な麻琴さんがっ⁉︎
「おまえ、ダサい格好してるくせに、生意気にもエル◯スの時計してるらしいやんか?それは、石井も気づいとった」
稍はこくりと肯く。今も左手首につけている、クリッパー・ナクレのことだろう。ボーナスを叩いて、がんばって買ったものだ。
「おまえ、ダサい格好してるくせに、いつもええ香りさせとるらしいやないか?……って、させとるな」
稍はこくりと肯く。ザ・ボ◯ィショップのジャパニーズチェリーブロッサムのことだろう。あの香りをつけると評判がよかった。
「それから、着ている服が実はダサくなく、さりげなく流行も採り入れていて、とにかくオシャレだと、渡辺が言うとったぞ」
稍は「そ、そうかなぁー」と大いに照れた。頬がほんのり赤くなっていた。
青山はなんだかムカついたので、
『後ろ姿だけは、前に回って顔を見てみたくなるほどスタイルいいかも』
と、山口が言っていたことは割愛した。
「決定的なのは、おまえが会社にいつも持ってきている携帯マグのイニシャルが……」
「あああぁっ、『やや』の『Y』やったぁ!」
ようやく気づいた稍は、頭を抱えて叫んだ。
「騒ぐな。やかまし。黙れ」
青山からぴしゃり、と制される。
「おれがありがたい親切心で、『名字の方のイニシャルじゃないのか?』って、そんなわけないやろ⁉︎っていうめっちゃ苦しいフォローをしといたったぞ。渡辺が信じてるかどうかは知らんけどな」
——そんなまったくありがたみのないフォローなんか、要らんねんけどっ!せめて、「彼氏のイニシャルじゃないのか?」くらい言うてよっ!
「それに会社の創立記念パーティには、おまえ、本当の姿で来てたやろ?渡辺と山口は見とったぞ。それから、こないだの海賊の店では石井もおまえの本当の姿を見たしな。まぁ、だれもおれとのつながりまでは知らんけどな。……おまえは、なにもかもが甘いねん。ボケ」
——ううぅっ、なにも言い返せない。
「四月いっぱいまで黙っといたってんから、ありがたく思え。……早よ、IDカードを返せ」
稍の首にかかっていたネームホルダーが、長身の青山の伸ばした手によって、いとも簡単にするりと外された。
「あっ……」
とうとうIDカードまで取り上げられてしまった。
「人事の方には、おれから言うとくからな。とにかく、八木 梢は四月末で派遣期間終了により退職とする」
そして、青山は左手首のザ・シ◯ズンを見た。
「早よ、帰れ。もうじき、連休明けのプレゼンの確認のためにほかのメンバーが来る」
どうやら、時間をずらして青山自ら召集をかけていたようだ。
——あぁ、最低、最悪やぁ。なんで「梢」って名乗ってしもたんやろ。なんで「変装」なんかしてしもうたんやろ……
とてつもない後悔が、稍を飲み込んだ。
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