44 / 150
Chapter 4
元彼 ③
しおりを挟む「……話はそれだけかな?野田さん」
稍はもう「康平」とは呼ばなかった。一応「課長代理」という役職だから「さん」付けにしてみた。
一瞬、野田が呆けた顔をした。
「いや……もう一度、これを受け取ってほしいんだ」
素早く気持ちを立て直して、野田がポケットから空色のジュエリーボックスを取り出す。
彼も証券会社の営業マンの端くれだ。結構、打たれ強かった。
「わっ、ティフ◯ニーっ!」
沙知のテンションが、マイナスのベクトルから突然プラスに変わった。
野田がパカッと開けて、すーっと稍の前に押し出す。
「うわーっ、ティフ◯ニー・セッティングだっ‼︎」
エンゲージリングの大定番だ。アームのど真ん中にたった一つだけあるダイヤモンドが、店内のオレンジ色の照明の光を浴びて、キラキラと輝いている。
あれだけ激怒りだったのに、沙知のたった今プラスに転じたベクトルが、いきなりマックスに振り切れた。先刻までの鬼の形相が、今や天使のように愛くるしい笑顔だ。
恐るべし、ティフ◯ニー。これぞ、まさしくティフ◯ニー・マジック。
「申し訳ないけど……こちらは、お返ししたはずです」
稍は頭を下げた。美しい三〇度のお辞儀だ。
「……じゃあ、沙知がほしがってるようだから」
そう言って、山田が手を伸ばした。
すかさず、沙知がぺしっ、とその手を叩く。秒速で鬼の形相に戻っていた。
「山田、さっちゃんにはちゃんと『新品』を買ってあげないと、あたしが承知しないからね。だけど、自分勝手に選んじゃダメだよ?あんた、センスなさそうだからさ。さっちゃんと一緒に行くんだよ?……わかったね?」
稍はドスを効かせた声で告げた。本当は故郷の関西弁の巻き舌で、まくし立てたいくらいだ。
山田は沙知から叩かれた手の甲をさすりながら、怯えた仔犬の目で何度も肯いた。
「野田さん……このリングは『サイズ直しでもして、由奈にあげて』って言ったよね?」
稍は野田の方を見据えて言った。
「やや……もしかして、このリング、気に入らなかったのか?おれが自分勝手に買ってきて、プロポーズのときに渡したから……それを怒ってるのか?」
稍は「はぁ?」と、間の抜けた顔になる。
「実はもっと、ほしいデザインの指輪があったんじゃないのか?……あっ、結婚指輪のカタログだって、カーブのついたヤツ見てたもんな」
稍は「男の人って、なんでこんなに自分の都合よく考えられるのかなー?」と、呆れるのを通り越して感心した。笑いだしそうにすらなる。
「おれ、ややが戻ってきてくれるんだったらさ。今度はややが気に入る婚約指輪を買うし、どんなオカマみたいな恥ずかしい結婚指輪だって、毎日つけるよ」
稍は、ふーっと、息を吐いた。人差し指を曲げて第二関節のところで顳顬をぐりぐりする。
——なんで、一度軌道を外れたら、こんなに噛み合わなくなるのかな?それとも、今まで気づかなかっただけなのか?
ビールをしこたま呑んでふわふわしていた酔いは、今やこっぱみじんこになり、すっかりラララ星の彼方だ。
「由奈だったら、この『中古』のリングでも、あたしからあなたを奪った『戦利品』だと思える子だよ。つまり……そのくらいあなたのことが好きなのよ」
「でも、おれは、おまえでないと……」
野田が言おうとする言葉を、稍は制した。
「婚約しても、あたしがあなたのことを好きだとは思えなかったんでしょ?たとえ、結婚したって同じだわ。そんな思いを抱えて一生暮らしていけるとでも?……必ず、また、浮気したくなるよ」
そう言うと、稍はサッチェルバッグとショップバッグを手にして、椅子から立ち上がった。
0
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる