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Chapter 4
元彼 ②
しおりを挟む「だからっ、今さら、ややさんにどんな話があるっていうんですかっ⁉︎」
沙知はますますヒートアップする。野田は一応「上司」だが、営業が沙知たち営業事務を敵に回しては仕事にならないから強気だ。
「山田、ややと二人だけで話がしたいんだ。悪いが、西村さんを……」
野田がそう言いかけると、ようやく稍が口を開いた。
「……なんで、さっちゃんが出て行かなきゃなんないの?」
静かだが、怒りを含んだ低い声だった。
「あたしたちが楽しく呑んだり食べたりしているところへ、呼ばれもしないのにいきなりやってきて、よくそんな勝手なことが言えるね?」
だれがどう聞いても正論だった。
「それは……申し訳ないと思っている。だけど……電話もメールもL◯NEも着拒否されて、どうしようもなくて……こうするしかなかった」
野田は稍に必死で訴えていたが、二人は婚約破棄したのだから、当然のことだった。
「じゃあ……どうぞ。せっかくだから、さっちゃんにも山田にも聞いてもらおうよ」
実際には沙知と山田だけでなく、隣のテーブルの四人も耳をダンボにして聞いていたのだが。
「水川のことは……誤解なんだ」
野田は、縋るような目で稍を見つめた。
「よっく言うわー。由奈があたしたちの前でなんて言ってたか、教えてあげましょうか⁉︎」
沙知がいきり立った。椅子からすくっと立ち上がりそうだ。
すかさず、山田が沙知の肩を抱いて「沙知、はい、どうどう……」と馬を宥めるように落ち着かせる。
気の利かないズレたヤツだが、方法はどうであれ、さすがに沙知の対処には慣れていた。
稍は山田がいてくれてよかったと、生まれて初めて思った。
「……水川に相談したんだ。ややと婚約しても『ややが本当におれのことが好きなのかどうか、自信がない』って……」
あぁ、やっぱり、いつものパターンだったか、と稍は嘆息した。
「そしたら、水川が『ややさんの気持ちを確かめたらいい。あたしも協力するから』って言うから……」
それが「大阪の夜のイ◯スタあげ」の「真相」ってことか、と稍は顳顬を押さえた。
「すべて真っ赤なウソの芝居なのに、おまえはおれの話をろくに聞かないで、あっさり婚約破棄なんて言い出すから、おれも売り言葉に買い言葉で……」
「なっ、なに都合のいいこと言ってんのよっ⁉︎そんなのぜーんぶ『由奈の作戦』に決まってんじゃんよっ!」
また沙知が興奮してきた。山田の「沙知、はい、どうどう……」が始まる。
「とにかく、水川とは、なんでもないんだ。信じてくれ……やや」
野田が怖いくらい真剣な表情で、稍を見つめる。
「じゃあ、野田さん……『大阪の夜』には水川とはなにもなかったんっすよね?」
山田が沙知への「はい、どうどう……」をしながら何気に尋ねる。
いや……本当になにも考えていなかった。思い浮かんだことを訊いたまでだ。
「い……いや……そ……それは……」
とたんに、野田がしどろもどろになる。
「や……ヤッたんですねっ⁉︎野田さんっ、やっぱり、由奈とヤッてるんじゃないですかぁっ!」
沙知が怒りマックスで叫んだ。山田がとっさに肩を抱く手にぎゅっと力を込めて、沙知が立ち上がるのを制した。
「沙知、『ヤッた』はいくらなんでも露骨すぎるよ……『した』『寝た』……いや、でも、結局、おんなじかぁ」
なにやら、ぶつぶつとつぶやいている。
「いやっ、だから、水川とはもうなんにもなくて……信じてくれ、ややっ!」
この期に及んでなにを信じろというのか、逆にそれを教えてくれ、と稍は思った。
野田が、山田を介して稍と会って懐柔しようとしたのは、完全な作戦ミスだった。
逆に稍にとっては「グッジョブ、山田」だが……
——山田、あんた、やっぱり「やればできる子」じゃんっ!
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