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Chapter 3

家族 ④

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「……ママ、社長のスピーチがはじまるよ」
   夫が耳元でささやく。

——わたし、「あなたの」母親じゃなく「あなたの息子の」母親なんですけど。

   華絵はつい先刻さっきまでの大貴への感謝をすっかり忘れて、少しムカついた。

「更年期じゃね?」

   大翔が母親のムッとした様子を見て、絶妙のタイミングで意地悪くわらう。「彼女」の日葵ひまりちゃんとのピューロランドデートを阻止された腹いせだった。

   日葵ちゃんはマイメ◯が大好きで、今日の日をすっごく楽しみにしてくれていた。
   来年はお互い中学入試だ。ゆっくりと遊びに行けるのは五年生の今くらいなのだ。これからの土日は、塾や模試で潰れることも多いだろうし。

——はあぁっ⁉︎ このクソガキっ!どこで、そんな言葉覚えてきやがったっ⁉︎

   そんなことは夢にも思わない母親は「やんごとなき血筋」ともども、息子をラララ星の彼方にブッ飛ばしそうになる。
   マジでこんな子に育てた覚えはないっ!って、この会場だけではなく、全宇宙に叫びそうになる。


「……大翔」

   大貴が静かに息子の名を呼んだ。

   大翔は背の高い父親から見下ろされ、じーっと見つめられた。いくら最近背が伸びてきたといっても、まだまだ父親には敵わない。口元には薄く笑みが見える。

   だが、その目はまったく笑っていなかった。冷たい、つめたい目だった。

   その瞬間……大翔の背筋がソゾッとした。

「たとえ息子であろうと、僕の奥さんの華絵さんを……侮辱するのは許せないな」

   そう言って、父は笑みを深めた。

——背中の、ゾゾゾッ、が止まらないっ!

   仕事が忙しくて、近頃は特に疎遠な父親からは、幼いときから声を荒げて怒られたことはない。
   なのに、じーっと見つめられると、なぜか感情のままに怒鳴りまくる母親よりもずっと怖ろしいのだ。

——もしかして「エタイの知れない」ってこういうことを言うのだろうか?

   大翔は漢字ドリルの問題に出てきた言葉を、ふと思い出す。血を分けた父親なのに、なんだかそんなふうに思わずにいられない。
   ちなみに正解の漢字は「得体」だ。

   父は、自分の思いどおりにならないことは絶対に許さないし、絶対にさせない。

   特に……母に関してのことは。


「……やっだぁー、大貴ったらぁ」 

   まったく空気を読めぬ母親が、乙女のように頬を赤らめて、一人で盛大に照れていた。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   美女たちから離れた魚住父子が、こちらに近づいてきた。

「魚住課長を三角形ABC、その息子を三角形A'B'C'とすると、△ABC ∽ △A'B'C'になるな」
   腕組みした青山が、ぼそり、とつぶやいた。

   稍が思ったことを相似記号を使って表現していた。青山は中高一貫の男子校でメインは弓道部であったが、数学部にも在籍していた。

「う…魚住課長っ!」

   待ってましたとばかりに、山口が声をかける。

「あの背の高い方の美女、課長のお知り合いなんっすよね?」

「知り合いって言うほどでもないよ」
   魚住は、肩に担いでいた息子を左腕に抱え直しながら言った。

   息子の大和は山口を見るなり、それまでバタバタバタッと手足を動かし、キャッキャッとうれしそうにはしゃいでいたのが、急におとなしくなった。すっかり固まっている。

   ところが、麻琴が「まぁ、かわいい♡」と手を伸ばして、大和の小さなぷくっとした指をきゅっと掴むと、恥ずかしそうな顔をして父親の腕にしがみついた。
   でも、決して麻琴の手を振り解こうとはしなかった。

   青山は三歳男児の生態を観察した結果、「この歳でもいっぱしの『男』なんだな」という結論に達した。

「魚住課長、あの人、うちの会社の人じゃないっすよね?あんな美人がいたら、すぐわかりますもんね?営業部の取引先関係の人っすかね?独身かな?彼氏はいるっすよね?あんな美人がフリーなんてありえないっすよねー?でも、今はたまたまいないかもしれないっすもんねー?」
   山口はマシンガンのように、魚住を質問攻めにする。

「さぁな、おれも先刻さっき会ったばかりだからな」
   魚住は興味なさげに山口をあしらった。実際、彼が興味があるのは妻の美咲だけだからだ。

「あのっ、課長っ……じゃあ、あの人をおれに紹介してくだ……」

   そのとき、大和が口を開いた。

「……ぱぱ」

「どうした、大和?」
   魚住が息子の顔をのぞき込む。

「うぅ…………おしっこ」

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