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Chapter 3
家族 ②
しおりを挟む葛城社長の妻とは反対側の隣には、MD課・青山チームの石井がいた。この場に立つというのは、行く行くは社長の右腕となる「幹部候補生」ということである。
社長の従弟である彼は、本来は親会社の萬年堂に入社するはずだった。彼の母親が会長の妹で、父親は萬年堂の専務だからだ。
両親は萬年堂の社長になった、会長の長男を支えることを望んでいた。だが、もともと次男の謙二の方と気が合って、実の兄弟よりも慕っていた。
だから、石井はその従兄が立ち上げたステーショナリーネットに、学生の頃から出入りしていた。
安定はしているかもしれないが、十年一日のごとく古き体制の老舗文具メーカーより、時流に乗ってどこまでも挑戦して行ける社風のネットビジネスの方に、断然魅力を感じた。
石井はわが国を代表する老舗ホテルの、芸能人なんかの派手な結婚式でテレビ中継が入ったりする、美しい鳥の名がついた一番大きくて広い会場を見渡した。
思わず、口角が上がった。
——ここで「創立記念パーティー」が開けるほどの会社になったんだ……
両親の説得を振り切って、ステーショナリーネットに入社したことは「正解」だった、としみじみ感じた。
石井 大貴は入社した年にいきなり結婚している。今、隣で十歳になる息子の大翔と並んで立っている華絵が妻である。
二人は学生時代、いろんな大学が交流するイベントサークルで知り合った。
華絵はやんごとなき方々を輩出する女子大に幼稚園から通う「お嬢さま」で、典型的な正統派美人だ。
だが、石井が好きになったのは、その美しい外見だけではない。恵まれた環境に甘んじることのない、その生き方だ。
華絵の父親は「日本一給料の高い会社」として学生から超人気の会社の重役だというのに、普通の学生のように就活して、自力で別の会社に就職した。
華絵が社会人一年目で、石井が大学四年生の一年間は、石井にとって筆舌に尽くしがたい「嫉妬」に苛まれた地獄の日々だった。
いつ華絵が、会社で見初められた「オトナの彼」にかっ攫われるかもしれないと、気が気でなかった。
一日も早く「社会人」として認められるためにと、足繁く従兄の会社に通ったのもそのためだ。
柳のように飄々とした石井のイメージからは、だれも想像できない姿である。華絵すら知らない。
華絵の性格では、絶対に仕事にハマってしまう、と危惧した。そうなると、どこのだれであろうと結婚しないだろう。
だから、デキ婚でもないのに(さすがの石井もそこまでの「鬼畜」ではなかった)社会人になったら、速攻で結婚に持ち込んだのだ。
そして、これまた速攻で大翔を産ませて仕事に復帰させ(華絵はちょうど念願だった広報に異動となった)あとは思うぞんぶん、バリバリ働かせた。
すべて、策士・石井の思惑どおりだ。
ただ……一つだけ、意外だったことがある。
華絵なら結婚しても仕事では旧姓で通すと思っていたのに、あっさりと「石井」に変えたことだ。
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