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Chapter 3
家族 ①
しおりを挟む前方に設けられた壇上には、いつの間にか、社長をはじめとする「お偉方」のみなさんが並んでいる。もうすぐ、創立二〇周年のセレモニーが始まるのだ。
(株)ステーショナリーネットは、社長の葛城 謙二がまだ大学生だったときに立ち上げた会社である。だから、創立二〇周年といっても、彼はやっと不惑の年齢だ。
実は彼は、明治の時代に万年筆の販売をきっかけとして大手の文具メーカーになった「萬年堂」の会長の次男である。だが、萬年堂は長男である兄が社長を継ぐことが既定路線だった。
なので彼は、本体の萬年堂に入って兄を助けることよりも、同族会社を取り仕切る父親たち親族の反対を押し切って、自ら子会社をつくって経営する方を選んだ。
初めは会社相手のカタログによる通信販売からスタートしたのだが、そのうちインターネットが急速に普及しだしたため、もともと興味を持っていた彼は、いち早くネット環境を整備した。
すると、飛躍的に業績が伸びた。
今では企業部門の屈指のシェア率を誇っている「ステーショナリーネット」だが、今後はより対象の広い一般の家庭向けにつくられたネット通販「ロハスライフ」のシェア率も拡大すべく尽力していくつもりだ。
若い人たちの間では、すでに老舗の「萬年堂」よりも新興の「ステーショナリーネット」や「ロハスライフ」の方が浸透していた。
隣では妻の葛城 誓子が、右手で五歳になる息子の優輝と手をつないでいた。
「大勢のお客さまの前なんだから、おとなしくしていてね、優輝。大橋のおじいちゃまの顔が見えても、はしゃがないのよ?」
母親譲りの涼やかな顔立ちの優輝が、こくりと肯く。
しかし、それは「冤罪」だった。実際はしゃぐのは、祖父バカの「おじいちゃま」の方だからだ。
だけど「抗議」をしたところでなんの解決にもならないことは、齢五歳にして達観していた。
現代社会を生きる五歳は「ぼーっと生きて」るわけではない。子どもだからといって侮っていたら、逆に「叱られ」てしまうかもしれない。
艶やかな黒髪を持つ和風美人の優輝の母親は、大橋コーポレーションの社長令嬢だった。
彼女の左手薬指にはブル◯リのコ◯ナのエンゲージリングとマリッジリングが輝いていた。エンゲージもマリッジもぽってりとしたアームにパヴェダイヤが敷きつめられていて、エンゲージのセンターにある大きなダイヤモンドを引き立てるデザインだ。
長身で華のある彼女にぴったりだった。
結果的に今、ステーショナリーネットは大橋コーポレーションが後ろ盾となっているが、だからといって彼らは「政略結婚」ではない。
彼らは互いに二十代の頃「お見合い」をして、政略結婚しそうになったことがあった。
ところが、会社がしっかりと軌道に乗る前の謙二は信用が得られず、大橋側から断られていた。
彼らが今夫婦として一緒にいるのは、その後に再会し、ちゃんと「恋愛」しての結果である。
実は二人とも、お見合いで出会った相手をずっと忘れられずにいたのだが……
彼女は息子とつないでいない左手で、お腹をやさしく撫でた。その中には二人目の子どもが育まれている。今度は女の子だそうだ。
謙二が妻のその姿を微笑ましく見つめた。誓子はふっくらと笑って夫を見上げた。
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