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Chapter 3
巡合 ②
しおりを挟む一人はダークネイビーのスリーピースを着た長身の男である。彼女たちの方へ一切の迷いなく大股でずんずん歩いていく。
もう一人の男は——長身の男の左腕に抱えられていた。
彼女たちのところに「到着」すると、ふかふかのカーペットに下ろされ、すぐさま長身の男の長い脚にぎゅっとしがみついた。
——ずっ、ずるいぞっ! あいつっ!子どもをダシにして子ども好きの「いい人」を演出し、美女たちの警戒心をなくして親しくなってやろうっていう、姑息な作戦を発動し決行してるんじゃないかっ⁉︎
山口はいきり立って、歯ぎしりした。ツーブロックにきっちりセットした髪を掻きむしりたくなるのを、必死で堪える。
だが、しかし……
——あれっ、あれって、もしかして……
山口は焦点を合わせるように、目を眇めた。
——魚住課長じゃん⁉︎
「……ひっでぇなぁ。課長、妻子持ちじゃん。なのに、なにガッついてんだよぉ」
山口は舌打ちをした。
「だって、あの人、課長の奥さまだもの」
不意に声がして振り向くと、麻琴が立っていた。
——ええぇっ、ウソだろっ⁉︎ 人妻かよっ⁉︎
いとあはれな山口は、速攻で失恋である。幸いなことにヤケ酒をしたければ、このあと社長の謝辞と来賓の挨拶さえ済めば、死ぬほど呑める。
——でも、ということは……
「じゃあ麻琴さん、あの人が、再会した当時人妻だった同級生で、課長が自分と同棲するために別居させたあと、夫に直談判して離婚に同意させた、って人っすか?」
「そうよ」
麻琴が優雅に髪を払って、ふふん、と笑う。ここにもいいオンナがいた。
いつもはふんわりとバレッタで一つに束ねられたグレージュの髪が、今日はゆるやかに巻かれてハーフアップにされている。
カシュクールのトップに、ボトムは前が膝上で後ろがミモレ丈のフィッシュテールになった、ワインレッドのドレスを見事に着こなしていた。麻琴のメリハリの効いたボディラインを饒舌に語る、煽情的なデザインだ。
「だってわたし、同じ大阪支社にいたから、魚住課長のウェディングパーティに出席したもの。正真正銘、あの人があのときの花嫁さんよ」
「……だよなぁ。あんなカッコいい人、滅多にいやしないもんなー。ダンナに直談判してでも、ほしいっすよねー」
山口がため息とともに吐く。
「あなた、どっち見てんの?よく見なさいよ。課長が先刻から話してるのはサーモンピンクの方でしょ?そっちが奥さまよ」
麻琴が呆れたように言う。
へっ⁉︎と思って、山口がよく目を凝らして見ると、「ミントグリーン」の彼女が課長に三〇度の綺麗なお辞儀をして、課長もまた同じくらい綺麗な三〇度のお辞儀を返していた。
どう見ても初対面の挨拶だった。
「ええぇっ⁉︎ あの、バレリーナみたいな人がですかっ⁉︎ あの人、黙ってたら処女にも見えなくないあどけなさなのに、もうバツイチの子持ちですかっ⁉︎」
山口はムンクのように叫んだ。今流行りの細身の黒いスーツ姿が形無しだ。
これでも社内一のイケメンとして、女子社員から熱い眼差しを一身に受けているのに。
「そんなを言い方したら、まるで課長と離婚したシングルマザーみたいじゃないか」
二人の背後に、ダークグレー系でグレンチェック柄のスリーピース姿の男が、腕を組んで立っていた。
「あら、青山さん」
麻琴が大輪の花のような笑顔で振り向いた。
「再婚した課長とは子にも恵まれて、だれがどう見たって家庭円満だ。今度は離婚はない」
青山は五センチほど背の低い山口を、見下ろしながら断言した。
山口は苦虫を噛み潰したような顔をして、上目遣いで青山を見た。
——わかってるよ、そんなこと。あぁ、めんどくさい人だ。
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