上 下
28 / 150
Chapter 3

巡合 ②

しおりを挟む

   一人はダークネイビーのスリーピースを着た長身の男である。彼女たちの方へ一切の迷いなく大股でずんずん歩いていく。

   もう一人の男は——長身の男の左腕に抱えられていた。

   彼女たちのところに「到着」すると、ふかふかのカーペットに下ろされ、すぐさま長身の男の長い脚にぎゅっとしがみついた。

——ずっ、ずるいぞっ! あいつっ!子どもをダシにして子ども好きの「いい人」を演出し、美女たちの警戒心をなくして親しくなってやろうっていう、姑息な作戦を発動し決行してるんじゃないかっ⁉︎

   山口はいきり立って、歯ぎしりした。ツーブロックにきっちりセットした髪を掻きむしりたくなるのを、必死で堪える。

   だが、しかし……

——あれっ、あれって、もしかして……

   山口は焦点を合わせるように、目をすがめた。

——魚住課長じゃん⁉︎


「……ひっでぇなぁ。課長、妻子持ちじゃん。なのに、なにガッついてんだよぉ」

   山口は舌打ちをした。

「だって、あの人、課長の奥さまだもの」

   不意に声がして振り向くと、麻琴が立っていた。

——ええぇっ、ウソだろっ⁉︎ 人妻かよっ⁉︎

   いとあはれな山口は、速攻で失恋である。幸いなことにヤケ酒をしたければ、このあと社長の謝辞と来賓の挨拶さえ済めば、死ぬほど呑める。

——でも、ということは……

「じゃあ麻琴さん、あの人が、再会した当時人妻だった同級生で、課長が自分と同棲するために別居させたあと、夫に直談判して離婚に同意させた、って人っすか?」

「そうよ」
   麻琴が優雅に髪を払って、ふふん、と笑う。ここにもいいオンナがいた。

   いつもはふんわりとバレッタで一つに束ねられたグレージュの髪が、今日はゆるやかに巻かれてハーフアップにされている。

   カシュクールのトップに、ボトムは前が膝上で後ろがミモレ丈のフィッシュテールになった、ワインレッドのドレスを見事に着こなしていた。麻琴のメリハリの効いたボディラインを饒舌に語る、煽情的なデザインだ。

「だってわたし、同じ大阪支社にいたから、魚住課長のウェディングパーティに出席したもの。正真正銘、あの人があのときの花嫁さんよ」

「……だよなぁ。あんなカッコいい人、滅多にいやしないもんなー。ダンナに直談判してでも、ほしいっすよねー」
   山口がため息とともに吐く。

「あなた、どっち見てんの?よく見なさいよ。課長が先刻さっきから話してるのはサーモンピンクの方でしょ?そっちが奥さまよ」
   麻琴が呆れたように言う。

   へっ⁉︎と思って、山口がよく目を凝らして見ると、「ミントグリーン」の彼女が課長に三〇度の綺麗なお辞儀をして、課長もまた同じくらい綺麗な三〇度のお辞儀を返していた。
   どう見ても初対面の挨拶だった。

「ええぇっ⁉︎ あの、バレリーナみたいな人がですかっ⁉︎ あの人、黙ってたら処女にも見えなくないあどけなさなのに、もうバツイチの子持ちですかっ⁉︎」

   山口はムンクのように叫んだ。今流行はやりの細身の黒いスーツ姿が形無しだ。
   これでも社内一のイケメンとして、女子社員から熱い眼差しを一身に受けているのに。


「そんなを言い方したら、まるで課長と離婚したシングルマザーみたいじゃないか」

   二人の背後に、ダークグレー系でグレンチェック柄のスリーピース姿の男が、腕を組んで立っていた。

「あら、青山さん」
   麻琴が大輪の花のような笑顔で振り向いた。

「再婚した課長とは子にも恵まれて、だれがどう見たって家庭円満だ。今度は離婚はない」
   青山は五センチほど背の低い山口を、見下ろしながら断言した。

   山口は苦虫を噛み潰したような顔をして、上目遣いで青山を見た。

——わかってるよ、そんなこと。あぁ、めんどくさい人だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

真実(まこと)の愛

佐倉 蘭
現代文学
渡辺 麻琴 33歳、独身。 167cmの長身でメリハリボディの華やかな美人の上に料理上手な麻琴は(株)ステーショナリーネットでプロダクトデザイナーを担当するバリキャリ。 この度、生活雑貨部門のロハスライフに新設されたMD課のチームリーダーに抜擢される。 ……なのに。 どうでもいい男からは好かれるが、がっつり好きになった男からは絶対に振り向いてもらえない。 実は……超残念なオンナ。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「昼下がりの情事(よしなしごと)」「偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎」「お見合いだけど恋することからはじめよう」「きみは運命の人」のネタバレを含みます。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
2021 宝島社 この文庫がすごい大賞 優秀作品🎊 24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

処理中です...