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Chapter 3
招宴 ⑥
しおりを挟む「美咲さん、しあわせそうでなによりです」
稍は目を細めて言った。十代の頃から知っている親しい人が、大人になって幸せになっている姿を見られて、心がほっこりしていた。
「今は、大和がやんちゃ盛りで、ちょっとでも目ぇ離して家事でもしてたら、おもちゃで足の踏み場もない部屋になってて、『お片づけしなさいっ!』って怒りまくってる毎日やけど」
美咲は、ふふっと笑う。普段、仕事で遊んでやれない「罪悪感」から、一人息子にやたらとおもちゃを買って帰る父親のせいでもあるのだが。
「あたしね、甲状腺の持病があってね、お医者さんからは数値さえコントロールしてたら出産には支障はないって言われててんけど、それでも、大和がお腹にいたときも、大和を産んだあとも、普通の人より疲れやすいから結構たいへんやってん。……せやけど」
そのときを思い出したのか、遠い目をしている。
「大和がいぃひん世界は……もう考えられへんわぁ」
「前のダンナはね、バツイチの人で、前の奥さんとの間に子どもが二人おってんけど。あたしと離婚したあと、復縁して元サヤに収まりはったそうやねん。あたしと出会ったときは、すでにバツイチになってはったから、別に不倫して略奪したわけやないねんけど……」
美咲はふっくらと笑いながら、しみじみと語った。
「それでもやっぱし……和哉とうれしそうに楽しそうに遊ぶ大和を見てたら、思うねん。あの人の子どもたちに……『お父さん』を、返すことができてよかった、って」
「……美咲さん」
稍はふと疑問に思って、問いかけてみた。
「元ダンは、そんなふうに手放すことができはったみたいやけど……」
稍自身も、婚約者だった野田を速攻で後輩の由奈に譲った。その「経験」を踏まえて訊く。
「もし、それが今のダンナさんやったら、そんなにあっさりと……手放すことができはりましたか?」
「まさか」
それこそ、速攻で返ってきた。
「和哉は、絶対にだれにも渡さへんわよ」
ふんわりとした美咲の雰囲気が豹変していた。今までの「母の顔」が鳴りを潜め、完全に「女の顔」になっていた。
その強張こわばった表情が……そのまっすぐに見据える強い眼差しが……
大和という子どもがいるためだけではない、ということを物語っていた。
——課長、美咲さんから、めっちゃ愛されてるやないですかぁ。
美咲が心に浮かんだことは言わずにはいられないのは、相変わらずだ。稍は思わず、くすりと笑った。
そして……思った。
——あたしにも、いつか、そんなふうに思える人が、現れるんやろか?
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜
前方に設けられた壇上には、いつの間にか、社長をはじめとする「お偉方」のみなさんが並んでいる。もうすぐ、創立二〇周年のセレモニーが始まるのだ。
稍は手にしていたパールホワイトのボレロを羽織った。空調が効いてきてノースリーブでは肌寒くなってきたのと、これから社長の謝辞や来賓の祝辞がある中で、肌を見せた格好はそぐわないかな、と感じたからだ。
ボレロに袖を通すときに、右手小指にある淡水パールのピンキーリングが目をかすめた。アームはパールの白さが映えるホワイトゴールドだ。
正月に帰省した際に手に入れたのだが、◯田のアウトレットに入っている真珠で名を馳せた、地元発祥の老舗のジュエリーブランドのものだ。
そのとき、隣には野田がいて『買ってやろうか?』と言ってくれたが、エンゲージリングをもらった直後だったので、稍は断っていた。
パールは、六月生まれの稍の誕生石だ。右手に誕生石のピンキーリングをすれば「御守り」になると知って、購入以来、毎日つけているのだが……
——せやのに、婚約破棄やし。まぁ、「魔除け」になったってことかな?
そのとき、会場を巡って招待客たちにドリンクを配るウェイターから、シャンパングラスを勧められた。「ありがとう」と受け取る。
「ややちゃん、美味しそうなお料理がいっぱいあるえ。……あとで、一緒に食べまくろ?」
美咲が黒い笑みを浮かべる。今日はこれを目当てに来たのだ。
関西人は「食」に関しては貪欲だ。しかも、絶対に「損」したくない。
「了解です、美咲さん」
稍も同じ笑みを返す。やっぱり来てよかった、と心底思えた。
まだ乾杯の音頭の前だが、稍と美咲はこっそりとシャンパングラスを合わせた。
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