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Chapter 2
目撃 ③
しおりを挟む今日も長い一日だった。
定時になったので、派遣の稍は晴れて放免となったが、青山からの仕事は到底終えることができなかった。(山口の前では褒めているようだったのに、あれから怒涛のダメ出しを喰らったのだ。)
残念ながら、明日に持ち越しだ。
初日の昨日は忙しさと慣れてなさとで、思ったように「給水」できなかった稍は、今日は携帯マグを持ってきていた。
前の会社から愛用している、ブ◯ーノとサー◯スがコラボしたイニシャルマグだ。ホーロー風の白地にグレーで「Y」がプリントされている。
稍は会社を出る前に、そのマグを濯ぎたくて、普通の会社で言うところの給湯室へ足を向けた。
「給湯室」と言っては憚られるほど、やたらオシャレなスペースだ。白木のカウンターバーにハイスツールまである。まさにカフェだ。
オフィススペースにあるのも含めて、什器はすべて自社製品らしい。さすがオフィス用品メーカーである。また、オフィス関連だけでなく「ロハスライフ」という生活用品を扱う部門のネットショップも好調だ。
さらにカップ式の自販機があり、社員の人たちはIDカードをかざせば割引価格で飲める。派遣には無縁の話だが。
しかし、コンディメントバーには緑茶や紅茶のティーバッグとインスタントのコーヒーがあり、それはだれでも無料だ。
マグの中を濯いだら、紅茶のティーバッグとお湯を入れて持ち帰ろう、と思った。
稍が給湯室の前に立つと、いつもは全開のドアが半分だけ閉まっている。……っていうか、ここにスライドドアがあったことすら、初めて知った。
すると……中から声が聞こえてきた。
「……ずいぶん、あのハケンさんにやさしいのね」
女の声だ。なんだか拗ねたような声音である。
「なんだ、めずらしいな……嫉妬か?」
今度は男の声だ。低くて落ち着いているが、少し揶揄う調子が含まれていた。
「そんなんじゃ…ないわ…よ……」
まだなにか言いたそうな女の声が途切れた。
そして、しばらく沈黙が訪れる。
——うーん、これは退散した方がよさそうだ。
ティーバッグの紅茶は諦めようと、稍は踵を返そうとした。
そのとき……また声が聞こえてきた。
「麻琴……今晩、寄るから」
男が甘く、囁いている。
——おおっ、女の声は麻琴さんだったんだっ。
早くこの場を去らないといけないと思いつつも、知ってる名前が出てきて、稍の耳がダンボになった。女のサガだ。
「ほんとっ?……じゃあ、がんばってお料理つくって待ってる」
麻琴がはしゃいだ声を上げる。
——かわいいなぁ、麻琴さん。「女の子」になってるじゃん。
バリキャリのイメージだった麻琴の「オンナ」の部分を垣間見て、稍はしみじみ思った。
「じゃあ……早く残業終わらさないと」
——あ、まずい。外に出てきそうだ。
今度こそ、稍は踵を返した。
しかし、背中越しに麻琴の最後の声が聞こえてきた。
「……智史も、早く残業終わらせてね」
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