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Chapter 1
隣席 ①
しおりを挟む「いやぁね、ピリピリしちゃって」
ミーティングルームを追い出された格好になった麻琴が言った。
「これから、新卒の子たちの入社式なのよ。挨拶もするみたいだから、緊張しているのかしら。課長なんか、あーんなに余裕そうなのにね」
四月一日は新入社員の本格的なデビューの日だ。だから、入社式に出席する魚住も青山もスーツ姿だった。
「青山さんは我が社の生え抜きじゃないの。三年前に転職してきたのよ。前職はTOMITAのグループ会社でシステム開発のプロジェクトマネジャーをやっていたらしいわ。見てのとおり、バリバリの理系よ」
「世界のTOMITA 」グループから、新進のオフィス用品のネット通販会社に転職したのだ。
だが……稍には麻琴の言葉はほとんど入ってきていなかった。
なぜなら、心の底から真剣に、古今東西の八百万の神仏のみなさまへお願いごとをするのに、必死だったからだ。
——今からでもいいです。遅くないです。青山チームへの配属は、
「エイプリルフールのウソっぱちだよーん」
ということにしてください。
「あ、魚住課長に惚れちゃダメよ」
麻琴が、ふふん、と笑う。稍はようやく我に返った。
——ちょっぴりトキメいてたのがバレてたか?
「課長、結婚指輪されてましたよね?」
稍は上目遣いで探るように訊いた。「触らぬ不倫に修羅場なし」が稍のポリシーだ。
「そうよ。よく見てたわね。妻子持ちよ。課長の奥さま、課長とは小学校の同級生だったらしいんだけど、再会した時に人妻だったの。それを課長ったら、自分と同棲するために別居させたあと、夫に直談判して離婚に同意させたそうよ」
——ひっ、ひえええぇぇぇ。
「そうまでして手に入れた奥さまだから、子どもが生まれてもまだラブラブの超愛妻家なの。……なのに、社内では無謀にも告白って玉砕してる子が続出してるのよ。『愛人でもいいから』なんて、どうかしてるわ」
麻琴は肩を竦めて苦笑した。
そして、私物を入れておくロッカーへ案内してくれた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
麻琴の指示で総務へ行った稍は、派遣社員用のノートPCを支給されたあと、またMD課に戻ってきた。
麻琴が「どこに座ってもいい」と言う。この会社では、個室のある役員以外は決まった席がないらしい。青山チーム以外のMD課の人たちもめいめいに陣取っていた。
稍は大きな窓に面したテーブルへ行き、ノートPCを立ち上げ社内Wi-Fiなどの初期設定をしていると、早速麻琴からお客様アンケートの集計を仰せつかった。
エ◯セルを使っての地味で地道な作業だが、証券会社で法人相手の何百万円や何千万円単位の金銭のやりとりに関する伝票の処理に較べると、ものすごく気が楽だった。今ではシステム化されてエラー表示に頼れるようになっていたが、数年前までの手書き伝票のときは本当に気を遣った。
とりあえず、なんとか午前中には集計を終えることができた。もうすぐお昼だ。
ふと窓の外に目を向けると、晴れた空に穏やかな春の海が広がり、対岸の都心へ渡る首都高速台場線にはレインボーブリッジが見えた。
ここも「お台場」なのだな、と稍は思った。
「……君は今、なにをしている?」
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