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Chapter 1
再会 ⑤
しおりを挟む上座であるテーブルの奥に座っていた、ダークネイビーのスリーピースの人が、タブレットから顔を上げた。
三十代半ばと思われる、前髪をヘアワックスで後ろへ流した黒髪のその人は、今流行りの塩顔で、いかにも仕事のできそうなクールでシャープな雰囲気だった。
——うっわ! めっちゃカッコいいっ‼︎
先刻の山口や石井もなかなかだったが、この人はダントツだ。
それにしても、この会社の男子はレベルが高すぎる。稍は先月まで勤務していた某証券会社本店と較べて、心の中で断言した。
—— 水島課長や上條課長が本社へ異動するまでは、じゅうぶん「対抗」できたんだけどなぁ。
「MD課、課長の魚住だ。こいつらのチームは曲者揃いだからな。大変だろうが、がんばってくれよ」
課長の魚住 和哉はそう言って、屈託なく笑った。とたんに、いたずらっ子の少年みたいな笑顔になる。
——うっわ!この人、絶対モテるだろうなぁ。
「や…八木 梢です。派遣で働くのは初めてで、なにかとご迷惑をかけるとは思いますが、精一杯がんばりますのでよろしくお願いいたします」
稍は課長には四五度のお辞儀をした。
「へぇ……君、綺麗なお辞儀をするな」
魚住が腕を組んで、感心した声を出す。
ちらりと見えた左手には、薬指にプラチナの指輪が光っていた。
——既婚者だったか。役職付きだし、この風貌だ。あたりまえか。
六月に結婚するはずだった稍は、マリッジリングのカタログを取り寄せて、あれこれ検討していた。
——あのカーブのラインから推測すると、カルテ◯エのバレリーナかな?
課長の左手薬指の優美な曲線のデザインを見て思い出した。
『こんなオカマみたいなの、男で似合うヤツいるのかよ。おれはイヤだぜ』
と、婚約者だった野田が拒否ったリングだ。
課長の細長い指にそのバレリーナは、おそろしく似合っていた。
ここにいるよ、と稍は思って、思わず噴き出しそうになった。
「……綺麗なお辞儀でしょう?」
なぜか、稍よりも麻琴の方が得意げだ。
「でもね、魚住課長こそ『最敬礼』がすっごくてね。『伝家の宝刀』って呼ばれてるのよ。機会があれば、ぜひ見るべきね」
「……無駄口を叩いてないで、早く業務についたらどうだ?」
下座になるテーブルの手前に座り、入り口からは背を向けてタブレットを操作していた、ダークグレーのスーツの人から、不機嫌な声が返ってきた。
その人が、振り向く。
課長と同じようなヘアワックスで流した黒髪なのに、なぜか一分の隙もなく感じた。
窓から差し込む陽光がリムレスの眼鏡のレンズに反射して、キラリと光る。
やわらかな暖かい日差しのはずが、一気に冷え切り、いきなり室内の気温が下がったような気がした。
絶対に会いたくなかった顔が、そこにあった。
「チームリーダーの青山だ」
——あ、あ、あいつだ。
今日はエイプリルフール。だから、これはタチの悪いドッキリではなかろうか。
——な、な、なんで、配属先があいつのチームなのようっ。
目の前には小学校のときの同級生……
青山 智史がいた。
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